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臨床研究の事件 ウィキペディアから
ディオバン事件(ディオバンじけん)とは、高血圧の治療薬であるディオバン(一般名:バルサルタン)の医師主導臨床研究にノバルティス日本法人であるノバルティスファーマ社の社員が統計解析者として関与した利益相反問題(COI: Conflict of Interest)、および、臨床研究の結果を発表した論文のデータに問題があったとして一連の論文が撤回された事件を指す。
ディオバンの日本での臨床研究には、5つの大学(京都府立医科大学・東京慈恵会医科大学・滋賀医科大学・千葉大学・名古屋大学)が関わり、それぞれ、Kyoto Heart Study[1][2][3][4][5][6]、Jikei Heart Study[7]、SMART (the Shiga Microalbuminuria Reduction Trial)[8]、VART (The Valsartan Amlodipine Randomized Trial)[9]、Nagoya Heart Study[10]を実施し、論文を発表した。しかし2018年8月にNagoya Heart Study論文が撤回され、上記の5論文のすべてが撤回(retraction)される異常事態となった。
日本人の高血圧・心不全患者患者3,081例(21施設)を対象に、現行治療+バルサルタン群(V群。漸増投与。12~16週間後より非ARB薬の追加も可)とARB以外の降圧薬治療群(S群。降圧薬の増量可、標準降圧治療薬の追加可[注 1])に振り分け、PROBE法[注 2]にて3.1年(中央値)追跡調査した。主要評価項目[注 3]は心血管死+心血管合併症(脳卒中・一過性脳虚血発作[TIA]による入院;心筋梗塞[MI];鬱血性心不全による入院;狭心症による入院;大動脈瘤解離;血清クレアチニン値の倍化;透析への移行)であった[11]。
血圧の推移は(ベースライン時→試験終了時)、V群:139.2/81.4→132.0/76.7mmHg,S群:138.8/81.4→132.0/76.6mmHgと両群に違いは見られなかったが、主要評価項目はV群:92例(6.0%);21.3例/1000人・年、S群:149例(9.7%);34.5例/1000人・年であり、ハザード比[HR]0.61;95%信頼区間[CI]0.47~0.79,p=0.0002でV群で有意に低下した[7][11]。主要評価項目の内、両群で有意差が付いた項目は脳卒中、狭心症、心不全、解離性大動脈瘤であり、総死亡率、心血管死、心筋梗塞、腎疾患増悪については有意差は認められなかった[12]。これらの内、狭心症の新規発症は65%低減しているが、その理由は不明とされた[12]。
日本人の冠動脈疾患・脳血管障害・末梢動脈閉塞性疾患・1つ以上の心血管リスク因子を有する患者3,031例(31施設)を対象に、現行治療+バルサルタン群(V群。漸増投与。ARB/ACE阻害薬を除く降圧療法追加可)と非ARB群(S群。降圧薬の増量可、ARB/ACE阻害薬を除く降圧療法の追加可)に振り分け、PROBE法にて3.27年(中央値)追跡調査した。主要評価項目は心血管イベント[注 4]、脳血管イベント[注 5]、その他の血管イベント等[注 6]の新規発症または悪化であった[13]。
血圧の推移は(ベースライン時→試験終了時)、V群:157/88→133/76mmHg、S群:157/88mmHg→ 133/76mmHgと両群に違いは見られなかったが、主要評価項目はV群:83例(5.5%)、S群:155例(10.2%):HR 0.55;95%CI 0.42~0.72,p=0.00001でV群で有意に低下した[1][13]。主要評価項目の内、両群で有意差が付いた項目は脳卒中/一過性脳虚血発作(25例 vs 46例:HR 0.55;95%CI 0.34~0.89,p=0.01488),狭心症(22例 vs 44例:HR 0.51;95%CI 0.31-0.86,p=0.01058)であり[13]、急性心筋梗塞、心不全、解離性大動脈瘤、下肢動脈閉塞、透析への移行または血漿Cr濃度の倍増の他、全死亡、心血管死では差は付かなかった[1]。
日本人の本態性高血圧患者1,021例(92施設)を対象に、バルサルタン治療群(V群)とアムロジピン治療群(A群)に振り分け、PROBE法にて3.4年(平均値)追跡調査した。主要評価項目は全死亡、突然死、脳血管イベント、心イベント、血管イベント、腎イベントであった[14]。
血圧の推移は(ベースライン時→試験終了時)、V群:158/93→135/80mmHg、A群:158/94→135/80mmHgと両群に違いは見られなかった。主要評価項目も、V群:21例(4.1%)、A群:21例(4.1%)と、両群間差は見られなかった(HR 1.0;95%CI 0.57~1.97, p=0.843)[14]。副次的評価項目[注 7]である左室筋重量係数[注 8](LVMI)(p<0.05)、血中ノルアドレナリン低下量[注 9](p<0.01)、尿中アルブミン/クレアチニン比[注 10](UACR)(p<0.0001)においてp値が0.05を下回った。
高血圧を合併した微量アルブミン尿を認める2型糖尿病患者150例(14施設)を対象に、バルサルタン治療群(V群)とアムロジピン治療群(A群)に振り分け、無作為割付非盲検にて6ヶ月追跡調査された。主要評価項目は尿中アルブミン/クレアチニン比(ACR)であった[15]。
ACRの推移は、ベースライン時に比べて試験終了時に V群:68%、A群:118% であり、V群で有意な改善が認められた(p<0.001)[15]。尿中アルブミン排泄量の正常化も V群:23%、A群:11% でV群の方が有意に多く(p=0.011)、退縮(ベースライン時のACRから50%の低下)も V群:34%、A群:16% でV群の方が有意に多かった(p=0.008)。
日本人の糖尿病または耐糖能異常合併高血圧患者1,150例(46施設)を対象に、バルサルタン治療群(V群)とアムロジピン治療群(A群)に振り分け、PROBE法にて3.2年(中央値)追跡調査した。主要評価項目は急性心筋梗塞+脳卒中+血行再建術(PCIまたはCABG)+心不全による入院+心臓突然死であった[16]。
血圧の推移は(ベースライン時→試験終了時)、V群:145/82→131/73mmHg、A群:144/81→132/74mmHgと両群に違いは見られなかった。HbA1cも、V群:7.0→6.7%、A群:6.9→6.7%と差はなかった。主要評価項目はV群54例(9.4%)、A群56例(9.7%);HR0.97,95%CI 0.66~1.40(P=0.85)で有意差はなかった[16][10]。但し鬱血性心不全による入院のみ、有意差があった(V群:3例[0.5%]A群:15例[2.6%];0.20,0.06~0.69;P=0.01)。副次的評価項目である全死亡には差はなかった(V群:22例(3.8%)A群:16例(2.8%))。
論文発表の5年後、同論文の血圧測定値についての疑義が表明された[17]。試験開始前後における血圧の平均値と標準偏差がV群とS群で“偶然には有りえない不自然な一致が見られる[18]”事に対する疑念であった[19]。調査の結果、解析用データと大学保有のデータの間で収縮期血圧値に86件(12.8%)の不一致が見つかった。解析用データでは収縮期血圧が130mmHgに近付くように増減されていた[20]。また、解離性大動脈瘤を除き、ハードな評価項目[注 11]では差が付かず、ソフトな評価項目[注 12]で大きな差が生じた事は、同研究がPROBE法に基づいて[注 13]実施された点も踏まえると、V群を勝たせたいという企業への忖度が大きく影響した可能性が指摘されている[18]。東京慈恵会医科大学による調査の結果、報告医の1人において評価イベントの報告数に極端な偏りが見られた。同医師からのイベント報告数は、V群では93件(9.6%)であるのに対し、S群では174件(51.7%)と過半分を占めるものであった[21]。同医師を除く参加医師からのイベント報告数は、V群84件に対しS群84件であり、両群のイベント数に差はなく、この結果からは論文の結論は導けない[21]。
JHSと同時に、KHSについても同様の疑念が提示された[17][19]。京都府立医科大学の調査の結果、バルサルタンに効果が出るように解析用データセット、特に複合イベント発生数、一部血圧値についてデータ操作がなされていた事、カルテ調査結果を用いた解析からバルサルタン論文の結論が誤っている可能性が高い事等が明らかにされた[22]。京都府立医科大学附属病院から登録された223症例について調査しただけでも、主要評価項目に関して 有→無 の改竄が10例、無→有 の改竄が24例で、V群のイベントが5例減少、S群のイベントが19例増加していた[23]。改竄前[注 14]のデータを用いて再解析した処、有意差は認められなくなった[23]。
千葉大学の調査報告によると[24]、副次項目データの脱落率が60%~80%と異常に高く、当該試験結果に対する科学的信頼性は低い上、脱落は複数の副次項目においてV群に有利に、A群には不利に働いている傾向が見られた[25]。
UACRについてはそもそも統計手法が間違っており、原データと論文のグラフも一致せず、36ヶ月時点ではp<0.05ですらなかった[26]。
ACR値について、実測値が確認できた661ポイント中、67 ポイント(10.1%)で不一致があった[27]。実測値をプロトコル通りに解析すると、ACR変化率について有意差が消失した(p=0.0702)。血圧の推移については大きな変化は認められなかった。
鬱血性心不全による入院は主治医判断によるソフトな評価項目である。本試験はPROBE法を採用しているので、結果の信頼性は低い。また、全症例の照合ができない事から、「V群で心不全による入院が少なかった」という論文の主張の真偽を判定する事は出来なかった[28]。
2007年4月に『ランセット』で、発表されたJikei Heart Studyの結果に関しては、当初からその信頼性に疑問が投げかけられ、多くの臨床疫学専門家が「限りなく黒に近い灰色」と評していた。東京都健康長寿医療センターの桑島巌副院長は、いち早く2008年8月に『週刊日本医事新報』4397号にJikei Heart StudyとCASE-Jの問題点を指摘した。2009年には東京大学山崎力教授も自著の中で批判的評価を下した[29]。
2011年7月には、NPO法人臨床研究適正評価教育機構(J-CLEAR)を立ち上げ理事長に就任した桑島が再び『週刊日本医事新報』4550号にて、Jikei Heart Studyに対する懸念を表明した[30]、その後、京都大学医学部附属病院循環器内科の由井芳樹助教が、2012年4月14日にランセット (The Lancet) 誌で[31]、2012年5月19日に 週刊日本医事新報で[32]、2012年10月5日には月刊循環器 (CIRCULATION) 誌で[33]、日本で行われたバルサルタン臨床試験(Jikei Heart Study, Kyoto Heart Study, VART)の統計学的な異質性を指摘した[34]。
これらの懸念に対して、2012年10月27日にはVART試験の責任者である千葉大学の小室一成教授らが『週刊日本医事新報』にて反論したが[35]、由井芳樹助教は2012年12月1日に同誌にて小室らの反論にコメントし再度懸念を表明した[36]。
2013年7月30日に、東京慈恵会医科大学の調査委員会は、「Jikei Heart Studyの血圧値のデータに人為的なデータ操作があった。」とする中間報告をまとめた[37]。
2013年9月7日には、Jikei Heart Studyの論文が撤回された[38]。
上記の不正が次々と明らかになり、千葉大学はVART Studyについて内部調査を行った[39]。その結果、2013年12月17日には、データの誤りはあるものの不正は無かった、との中間報告を行った。また、12月25日の厚生労働省での第4回高血圧症治療薬の臨床研究事案に関する検討委員会でも、千葉大学として公式に不正を認めていなかった[40]。
しかし、千葉大学附属病院のカルテデータと、解析データセットの血圧の比較では、108症例638ポイント中、合致していたのは収縮期血圧値54.8%、拡張期血圧値56.4%に過ぎず、45.2%/43.6%が不正なデータであったことなどから、2014年4月26日になって、千葉大学として、研究責任者の小室一成氏らに論文の取り下げを求めることになった[41]。結局、主論文(Hypertension Research」2011 Vol.34 p62-69.)は2016年11月3日に論文撤回となった[42]。
これとは別に、日本高血圧学会でも検証がなされていたが、第三者委員会(同学会顧問弁護士 平井昭光, 京都大学臨床研究管理学教授 川上浩司, 日本高血圧学会理事で名古屋市立大心臓・腎高血圧内科学教授 木村玄次郎,大阪大学臨床遺伝子治療学教授 森下竜一)と日本高血圧学会理事長の堀内正嗣はVART Studyに不正は無いと擁護していた[43]。
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