Loading AI tools
日本の俳優 ウィキペディアから
平泉 成(ひらいずみ せい[3]、1944年〈昭和19年〉[3]6月2日[1][2][4][5][6] - )は、日本の俳優。本名及び旧芸名、平泉 征七郎(ひらいずみ せいしちろう)[1][2][4][5]。一時期の芸名は、平泉 征(ひらいずみ せい)[4][5]。
ひらいずみ せい 平泉 成 | |
---|---|
本名 |
平泉 征七郎 (ひらいずみ せいしちろう) |
別名義 | 平泉 征(旧芸名) |
生年月日 | 1944年6月2日(80歳) |
出生地 |
日本・愛知県額田郡宮崎村 (後の額田町、現:岡崎市) |
身長 | 174 cm[1] |
血液型 | O型[2] |
職業 | 俳優 |
ジャンル |
映画 テレビドラマ |
活動期間 | 1964年 - |
配偶者 | 有 |
著名な家族 |
平泉陽太(息子、俳優) 平泉季里子(娘、テレビ朝日社員) |
事務所 | グリーンランド |
主な作品 | |
テレビドラマ 『なんたって18歳!』 『ファイヤーマン』 『はみだし刑事情熱系』シリーズ 『ウルトラマンガイア』 『瑠璃の島』 『CHANGE』 『MR.BRAIN』 『家政婦のミタ』 『あまちゃん』 『過保護のカホコ』 映画 『大魔神怒る』 『書を捨てよ町へ出よう』 『その男、凶暴につき』 『シン・ゴジラ』 『明日を綴る写真館』 劇場アニメ 『天気の子』 |
愛知県[4][3]額田郡宮崎村(後の額田町、現・岡崎市)出身[5][7][8]。額田町立宮崎小学校[9]、額田町立宮崎中学校[9]、愛知県立岡崎商業高等学校卒業[1][2][4][5]。アミ企画[10]、新倉事務所[4]、北川事務所[11]、ライトハウスを経て[1][2]、グリーンランド所属。
父は炭焼き職人、母は助産婦。高校卒業後、名古屋市内のホテルにベルボーイとして勤務[12][13]。ホテル勤務時代の先輩の紹介で、市川雷蔵と知り合う[12][13]。1964年、市川の紹介で大映京都第4期ニューフェイス[注釈 1]に27人の一人として選ばれる[5][3][14]。
本名で『青いくちづけ』『若親分喧嘩状』などに出演し[5]、1966年『酔いどれ博士』にて「平泉征」の芸名で正式にデビューを果たす[12][13][3]。『大魔神怒る』(1966年)、『ガメラ対大魔獣ジャイガー』(1970年)などの大映特撮映画にも出演[15]。また大映レコード所属の歌手としても活動し[15]、3枚のシングルをリリースしている。
1970年、堂本正樹・作『私の可愛いシャワー室』にて初舞台を踏む[5]。
1971年、寺山修司監督『書を捨てよ町へ出よう』に出演[5]。同年秋の大映倒産後にフリーとなり、テレビドラマへ活動の場を移す[3]。大映テレビ制作の『なんたって18歳!』では主演の岡崎友紀の相手役[15]、1973年には円谷プロ制作の特撮テレビドラマ『ファイヤーマン』にSAF隊員・千葉太役でレギュラー出演[16]。その後は長らく刑事ドラマや時代劇などで悪役を多く演じた。
1984年、所属事務所の移籍を機に芸名を「平泉成」に改名[5]。以降は中間管理職的な役柄が増え、温かみのある中年や厳格な父親、悪意を底に抱えた人間であったり情けないおじさんだったりと、様々な人物像を演じるバイプレイヤーとして活躍[5]。北野武監督『その男、凶暴につき』(1989年)、三池崇史監督『新宿黒社会 チャイナマフィア戦争』(1995年)などで刑事・警察幹部役を善悪問わず演じたほか、山田洋次監督『男はつらいよ 拝啓車寅次郎様』(1994年)、森田芳光監督『(ハル)』(1996年)などのごく一般的な夫・父親役で演技の幅を広げた[5]。
映画『恋の門』の中で『伝説巨神イデオン』の主人公ユウキ・コスモのコスプレを披露、テレビドラマ『サラリーマンNEO』では老け顔の新入社員役などコミカルな演技にも挑戦。一方、2007年7月30日放送の『はなまるマーケット』で、夏休みを取った岡江久美子の代わりに“助っ人ゲスト”として出演するなど、バラエティ番組などでも活躍している。
趣味は、写真[11]、ゴルフ[11]。特技は、歌[4]、ギター[4]、ケーナ製作[1][2]。調律などの都合上基本的な演奏はできるが、公の場で演奏することはない[17]。また、『華麗なる一族』で共演した木村拓哉にケーナを2本プレゼントしている。
自身が出演した日本テレビ『愛の歌』の主題歌を歌う予定だった歌手が降板したため、急遽歌わされることになったのが歌手デビューのきっかけとなった[15]。そのため、レコーディングの際はキーが合わず苦労したと語る[15]。
『なんたって18歳!』で共演したアドリブを器用に使いこなす岡崎に対し、自身は台本通りにしか芝居をできないことで思い悩んでいた[15]。やがて出番も減少して落ち込んでいたところ、大映時代からの旧知だった湯浅憲明から「明日から台本を持ってくるな。俺の真似をして芝居をやれ」と助言を受け、その通りにやると出番が増えて自信を回復したという[15]。
『ファイヤーマン』では、睦五朗や岸田森とともに、九州なまりが残っていた主演の誠直也にアフレコでアクセントの指導を行っていた[16]。自身のキャラクターについては、健康的でホットなお兄ちゃんをイメージして演じた[16]。当時は特撮ヒーロー全盛期で、その中にあってスタッフやキャストが新しいことにチャレンジした意欲的な作品に出られたことは幸せだと思うと語っている[16]。のちに『ウルトラマンガイア』にレギュラー出演した際は、久々に円谷作品に帰ってきた感慨があったという[16]。大映出身のため、一番は大映だが、その次は円谷プロが近い感じがあったとのこと[16]。
若い頃は『太陽にほえろ!』や『Gメン'75』などの刑事ドラマでの悪役での出演が多かった[18]が、年齢とともに肉が落ち、目尻が下がってきたことで刑事役が増えてきたという[18]。
俳優としては、年齢に見合うようシンプルでナチュラルに演じることを一番のテーマとしている[3]。『シン・ゴジラ』(2016年)で演じた里見祐介は、ほとんど役作りは行わなかったといい、監督陣からも演技への注文は特になかったという[3]。同作品で共演した松尾諭は、あるシーンで平泉が「ちょっと怒ってみる」といって怒る芝居を試し、本番では採用されなかったものの、演技の柔軟性が高いことを証言している[19]。
現芸名にしたのは占い師から「『征』では運気が悪いから『成』にしなさい」と指摘されたから。「名前が『平らな泉に成る』になって、穏やかな人間になるという意味かな」と思い直して改名したが、1989年1月7日の昭和天皇崩御に伴い、昭和に代わる元号の「平成」が発表され、「平泉成、略して平成」とのこじつけから一躍時の人となり、取材陣に取り囲まれた[20]。
『はみだし刑事情熱系』シリーズには長くレギュラー出演していたが、それでも一般の人からは「はぐれ刑事」と呼ばれることがあったという[18]。
ハスキーな声質と人間味ある演技でものまねの対象となっている(木村拓哉、福山雅治、ホリ、末吉くんなど)。
遊川和彦作品に複数回起用されている。
Jリーグ・川崎フロンターレの2010年リーグ開幕戦で始球式にゲスト出演。これはフロンターレの練習所・川崎フロンターレ麻生グラウンド近くに平泉が住んでおり、散歩がてら時々麻生グラウンドで選手達の練習を見ているということで実現したものである。その際、フロンターレの選手と共にショートドラマ風の開幕戦告知VTR「開幕トドロキ劇場」に出演している[51]。
三河武士のやかた家康館ジオラマシアター「家康が語る 決戦!関ケ原」- 徳川家康の声(語り)
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.