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ギャリー・テンプルトン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ギャリー・テンプルトン
Garry Templeton
2009年
基本情報
国籍
アメリカ合衆国
出身地 テキサス州フロイド郡ロックニー英語版
生年月日 (1956-03-24) 1956年3月24日(64歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
190 lb =約86.2 kg
選手情報
投球・打席 右投両打
ポジション 遊撃手
プロ入り 1974年 MLBドラフト1巡目
初出場 1976年8月9日
最終出場 1991年10月5日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督歴

ギャリー・ルイス・テンプルトンGarry Lewis Templeton, 1956年3月24日 - )はアメリカ合衆国テキサス州フロイド郡ロックニー英語版出身の元プロ野球選手遊撃手)。右投両打。

経歴

1974年6月のMLBドラフト1巡目(全体13位)でセントルイス・カージナルスから指名され、プロ入り。

1976年8月9日にメジャーデビューすると[1]、翌1977年には遊撃手のレギュラーを獲得し、打率.322、8HR、79打点、28盗塁、ナショナルリーグ最多の18三塁打を記録してオールスターにも初選出された。1979年にはナ・リーグ最多安打の211安打、それも史上初の両打席での100安打を達成しており、三塁打も19本で3年連続で1位だった。また、2回目のオールスターにも選出されたが、「オールスターには先発メンバーでなければ出ない」と発言して物議を醸した[2]

1980年には打率.319、31盗塁を記録し、シルバースラッガー賞を受賞。しかし、守備が拙いこともあって、ファンの人気と信頼は今一つであった。1981年には前半快調に打っていたものの、8月にファンに暴言を吐いたかどで出場停止処分を科されるなど干されてしまい、シーズン終了後にオジー・スミスとのトレードサンディエゴ・パドレスへ移籍した。

パドレスでは1990年までレギュラーを務めたものの、打率は1985年の.282が最高と、昔年の面影はなかった。しかし、1984年のポストシーズンでは、まずシカゴ・カブスとのリーグチャンピオンシップでは5試合で打率.333、2打点を記録し、続くデトロイト・タイガースとのワールドシリーズでも1勝4敗で敗れたものの打率.316を記録した。1987年にはチームキャプテンに就任するなどチームリーダーとしてファンや同僚から信頼を獲得した。

ニューヨーク・メッツでプレーした1991年を最後に引退した。

引退後は指導者に転じ、マイナーリーグや独立リーグで長年監督を務めた。2015年にはパドレスの球団殿堂入りを果たしている。

詳細情報

表彰

記録

背番号

  • 19(1976年)
  • 1(1993年 - 1991年途中)
  • 11(1991年途中 - 同年終了)

脚注

  1. ^ Houston Astros at St. Louis Cardinals Box Score, August 9, 1976” (英語). Baseball-Reference.com. 2019年5月20日閲覧。
  2. ^ 出野哲也『改訂新版 メジャー・リーグ人名事典』言視舎、2013年、345頁。ISBN 978-4-905369-67-7

関連項目

外部リンク

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