シト・ポンス
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アルフォンソ・"シト"・ポンス・エスケーラ(Alfonso "Sito" Pons Ezquerra, 1959年11月9日 - )はスペイン・バルセロナ出身の元オートバイレーサー。1988年と1989年の250ccクラス世界チャンピオン[1]である。日本ではアルフォンソ・ポンスと呼ばれることも多い。
概要 シト・ポンス, グランプリでの経歴 ...
シト・ポンス | |
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1989年日本GP | |
グランプリでの経歴 | |
国籍 | スペイン |
活動期間 | 1980年 - 1991年 |
チーム | ホンダ |
レース数 | 110 |
チャンピオン | 250cc(1988年、1989年) |
優勝回数 | 15 |
表彰台回数 | 41 |
通算獲得ポイント | 944 |
ポールポジション回数 | 4 |
ファステストラップ回数 | 12 |
初グランプリ | 1981年(ベルギー250cc) |
初勝利 | 1984年(スペイン250cc) |
最終勝利 | 1989年(スウェーデン250cc) |
最終グランプリ | 1991年(マレーシア500cc) |
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1990年、スポーツ分野における業績によりアストゥリアス皇太子賞を受賞した。
引退後は自身のチームを率いてロードレース世界選手権MotoGPクラスに参戦し、ロリス・カピロッシ、アレックス・バロス、マックス・ビアッジ、トロイ・ベイリスらを擁して戦ったが、2006年の開幕前に資金不足により撤退を発表した。
2009年シーズンから再びチーム監督として復帰し、250ccクラスでエクトル・バルベラと息子であるアクセル・ポンスを走らせる。[2]