金口イオアン
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金口イオアン(きんこうイオアン[2]、ギリシア語: Ἰωάννης ὁ Χρυσόστομος (Ioannes Chrysostomos), 345年または349年または354年 - 407年9月14日)は、東ローマ帝国の首都コンスタンティノポリスのキリスト教会[3]の主教[4][5][6]。398年から404年まで主教を務めた[7]。生地はシリアのアンティオキアである[8]。いわゆるギリシア教父を代表する一人で[8]、名説教で知られたことから死後100年以上経った6世紀以後に「黄金の口」を意味するクリュソストモス[9]と呼ばれるようになった[10]。
概要 金口イオアン, 他言語表記 ...
金口イオアン | |
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正教会で:成聖者・聖神父・大司祭首
西方教会で:教会博士 | |
他言語表記 | 希: Ἰωάννης ὁ Χρυσόστομος |
生誕 |
347年頃 アンティオキア |
死没 |
407年 コマナ・ポンティキ(Comana Pontica) |
崇敬する教派 |
正教会 東方諸教会 カトリック教会 聖公会 ルーテル教会 |
記念日 | |
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日本語表記は多様で、金口イオアンは日本ハリストス正教会の表記である[2]。他にヨアンネス・クリュソストモス[4][10][5]、ヨハネス・クリュソストモス[11]、ヨハネス・クリソストモス[12]、ヨハネ・クリゾストモ[13][14][15]、金口の聖ヨハネ[16]、金口ヨハネ[17]、ヨハネ・クリソストム[18]、ジョン・クリソストム(John Chrysostom)[19]あるいは単にクリュソストモス[8][20]、金口聖若望(中国語)などと表記される。
祝日は東方教会では11月13日[5]、カトリック教会では9月13日である[4]。正教会、東方諸教会、カトリック教会[4]、聖公会、ルーテル教会で、聖人として崇敬される[要出典]。東方教会において最も頻繁に用いられる典礼文は金口イオアンの名が冠されている「聖金口イオアン聖体礼儀」である[要出典]。正教会においては三成聖者の一人である[要出典]。カトリック教会においては教会博士の一人である[4]。