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万里小路栄子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

万里小路 栄子
第106代天皇母
皇太后 (追贈)永禄元年(1558年9月26日

死去 大永2年10月10日1522年11月8日
栄子
別称 吉徳門院[1]
阿茶局、万里小路局
氏族 藤原氏万里小路家
父親 万里小路賢房
配偶者 知仁親王(後の後奈良天皇
子女 正親町天皇
永寿女王
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万里小路 栄子(までのこうじ えいし、明応3年(1494年) - 大永2年10月10日1522年11月8日))は、室町時代女性後奈良天皇後宮で、正親町天皇の生母。父は参議右大弁従三位万里小路賢房。院号吉徳門院(きっとくもんいん)[1]

生涯

知仁親王(後の後奈良天皇)の宮に入り、方仁親王(後の正親町天皇)・永寿女王ら2男2女を産んだ。しかし、知仁親王が践祚する前の大永2年(1522年)に29歳で死去。その後、永禄元年(1558年9月26日皇太后追贈された。

参考資料

脚注

  1. ^ a b 『女院号便覧類聚』『門院伝』に載るが、院号宣下の事実を確認できず、疑義がある。
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万里小路栄子
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