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如淵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

この記事は検証可能な参考文献や出典が全く示されていないか、不十分です。出典を追加して記事の信頼性向上にご協力ください。出典検索?: "如淵" – ニュース · 書籍 · スカラー · CiNii · J-STAGE · NDL · dlib.jp · ジャパンサーチ · TWL(2015年1月)

如渕(じょえん、生年不詳 - 天正16年(1588年?))は、戦国時代から安土桃山時代にかけての臨済宗長宗我部氏の家臣。真西堂如渕(しんせいどう -)とも呼ばれることもある。吉良親貞の庶子で吉良親実の庶兄。吉良宣義の甥という説もある。

経歴

土佐国に下向していた南村梅軒土佐南学を学んだ後に上京。東福寺妙心寺で修行して土佐国帰国。宗安寺の住持となった。 長宗我部元親に招かれ、岡豊城儒学南学)の講義を行ったが、長宗我部盛親の家督相続問題で弟・親実が自害させられると、それに連座して殺害された。

有名な七人みさきの一人になったといわれる。中村の太平寺に逃れて、その後に上京したという説もある。「吉良物語」の著者とされている。

関連項目

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