斎藤文夫 (参議院議員) - Wikiwand
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斎藤文夫 (参議院議員)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

斎藤 文夫
さいとう ふみお
生年月日 (1928-07-11) 1928年7月11日(91歳)
出生地 神奈川県川崎市
出身校 慶應義塾大学経済学部
前職 国会議員秘書
所属政党 自由民主党
称号 勲二等瑞宝章

選挙区 神奈川県選挙区
当選回数 2回
在任期間 1986年7月8日 - 1998年7月25日

選挙区 川崎市川崎区選挙区
当選回数 2回
在任期間 1979年4月23日 - 1986年6月15日

神奈川県議会議員
選挙区 川崎市選挙区
当選回数 3回
在任期間 1963年4月23日 - 1975年3月25日
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斎藤 文夫(さいとう ふみお、1928年7月11日 - )は、日本政治家。元参議院議員(2期)。

経歴

慶應義塾大学経済学部を卒業し、1951年大日本製糖入社。1958年外務大臣藤山愛一郎の秘書となる。1963年統一地方選挙川崎市選出県議に当選。1975年川崎市長選挙で敗北し、1979年に県議復帰。1981年に県議会議長就任。1983年には県議選で5選。

1986年第14回参議院議員通常選挙自民党中曽根派の新人候補として出馬し、初当選。1990年第2次海部内閣通産政務次官1991年自民党総裁選では渡辺美智雄推薦人名簿に名を連ねた。1992年第16回参議院議員通常選挙で再選。

1998年第18回参議院議員通常選挙自民党政調会長山崎拓甘利明田中和徳亀井善之の全面的な支援を受けながら落選。1999年勲二等瑞宝章を受章。2000年、次期参院選での自民党公認候補を目指したが、小林温にその座を奪われ国政復帰を断念した。

日本会議神奈川会長[1]、川崎市日韓親善協会会長[2]、公益社団法人神奈川県観光協会会長、一般社団法人川崎市観光協会会長、川崎大師観光協会会長、公益社団法人川崎港振興協会会長、大川崎宿祭実行委員長、川崎・砂子の里資料館館長、東海道かわさき宿交流館推進委員会会代表などとして活動した。

浮世絵コレクターとして

浮世絵の個人コレクション(浮世絵約4千点、総額約7億円)の展示場所として、自宅を改造して私立美術館である川崎・砂子の里資料館を開館していた[3]。川崎・砂子の里資料館は2016年9月17日に休館し、川崎市の福田紀彦市長が休館までの活動に敬意を表して感謝状を授与した[4]。浮世絵コレクションの相続が課題となっており[5]、管理のできる施設への寄託及び東海道かわさき宿交流館での展示を摸索していたが[6]、川崎市が初期投資9千万円を負担して、浮世絵展示のための展示スペースを整備することとなった[7]。この「川崎浮世絵ギャラリー」は2019年12月3日に開館し、斎藤は名誉館長に就任した[8]。なお、2016年7月に開館した藤沢市藤澤浮世絵館の顧問も務めている。

脚注

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  1. ^ 「日本会議神奈川」”. 三原じゅん子オフィシャルブログ. 2016年10月20日閲覧。
  2. ^ 「日韓議員連盟の設立を」”. タウンニュース川崎区版. 2016年10月20日閲覧。
  3. ^ 「砂子の里資料館が9月に休館 管理、展示場所摸索へ」”. 神奈川新聞社. 2016年8月22日閲覧。
  4. ^ 「ありがとう砂子の里」”. タウンニュース社. 2016年9月23日閲覧。
  5. ^ 「横浜本郷ロータリークラブ会報」2014年3月25日号(P.3)”. 2016年10月6日閲覧。
  6. ^ 「砂子の里資料館が9月に休館 管理、展示場所摸索へ」”. 神奈川新聞社. 2016年8月22日閲覧。
  7. ^ 「浮世絵3千点を活用 川崎市がギャラリー整備へ」”. 神奈川新聞社. 2018年5月3日閲覧。
  8. ^ 川崎浮世絵ギャラリー~斎藤文夫コレクション~(2019年12月9日閲覧)、お知らせNews&Topics(2019年11月28日付)に、「12月3日(火)、オープン! ギャラリートークを開催します。(11月28日現在;都合により、日程や内容の変更などがございます)・12月3日(火)15時~ 斎藤文夫(名誉館長)川崎浮世絵ギャラリーおよび…」とある。

関連項目

議会
先代:
岩本政光
参議院商工委員長

1992年 - 1993年
次代:
中曽根弘文
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