東武鉄道
日本の鉄道会社、大手私鉄の一つ / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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東武鉄道株式会社(とうぶてつどう、英: TOBU RAILWAY CO., LTD.)は、東京都墨田区に本社を置く日本の鉄道事業者。大手私鉄の一つであり、関東地方1都4県で12の鉄道路線を運営している[4]。略称は東武(とうぶ)。鉄道のほか、バスなどの交通・流通・物流業・住宅・レジャーなど約80社からなる東武グループの中核企業である[5][4]。
本社(墨田区押上二丁目の東武館) | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
機関設計 | 監査役会設置会社[1] |
市場情報 | |
略称 | 東武 |
本社所在地 |
日本 〒131-8522 東京都墨田区押上二丁目18番12号(東武館)[2] 北緯35度42分44.6秒 東経139度48分49.6秒 |
本店所在地 |
〒131-8522 東京都墨田区押上一丁目1番2号(東京スカイツリーイーストタワー)[2] 北緯35度42分37秒 東経139度48分45.9秒 |
設立 | 1897年11月1日 (126年前) (1897-11-01) |
業種 | 陸運業 |
法人番号 | 6010601014508 |
事業内容 | 旅客鉄道事業 他 |
代表者 | |
資本金 |
1021億3500万円 (2023年3月31日現在)[3] |
発行済株式総数 |
2億981万5421株 (2022年3月31日現在)[3] |
売上高 |
連結: 6147億5100万円 単独: 2045億8500万円 (2023年3月期)[3] |
営業利益 |
連結: 566億8800万円 単独: 286億5300万円 (2023年3月期)[3] |
経常利益 |
連結: 548億1500万円 単独: 245億6200万円 (2023年3月期)[3] |
純利益 |
連結: 291億7900万円 単独: 164億0700万円 (2023年3月期)[3] |
純資産 |
連結: 4805億7500万円 単独: 3836億4500万円 (2023年3月31日現在)[3] |
総資産 |
連結: 1兆7381億9500万円 単独: 1兆6011億2200万円 (2023年3月31日現在)[3] |
従業員数 |
連結: 18,599人 単独: 3,470人 (2023年3月31日現在)[3] |
決算期 | 3月31日 |
会計監査人 | 有限責任あずさ監査法人[3] |
主要株主 |
日本マスタートラスト信託銀行(信託口) 15.57% 日本カストディ銀行(信託口) 4.08% 富国生命保険 2.50% みずほ銀行 2.22% STATE STREET BANK WEST CLIENT - TREATY 505234 1.84% 日本生命保険 1.52% JP MORGAN CHASE BANK 385781 1.27% 埼玉りそな銀行 1.21% 三菱UFJ銀行 1.17% STATE STREET BANK AND TRUST COMPANY 505103 0.88% (2022年3月31日現在)[3] |
主要子会社 | 東武グループを参照 |
関係する人物 |
末延道成 原六郎 浅田正文 初代 根津嘉一郎 2代目 根津嘉一郎 内田隆滋 |
外部リンク |
www |
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東京証券取引所プライム市場上場。日経225(日経平均株価)の構成銘柄。旧根津財閥の中核企業であり、同じく関東の大手私鉄の京浜急行電鉄(京急電鉄)と共に芙蓉グループ(融資系列ではみずほグループ)を構成する企業の一つでもある。本社は東京都墨田区押上二丁目に所在(最寄駅は押上駅及びとうきょうスカイツリー駅)。
「東武」の名称は武蔵国の東部に由来する。創立は1897年(明治30年)で、事業継続中の日本の大手私鉄の中では最も古い[注釈 1]老舗企業である。また明治期に発足した日本の私鉄のうち、創立以来社名を一度も変更せずに存続しているのは東武鉄道と近江鉄道・島原鉄道の3社のみである。
東京都・埼玉県・千葉県・栃木県・群馬県の1都4県に、総営業キロ数463.3kmに及ぶ鉄道路線を有する。2018年時点で、営業キロ数はJRを除く日本の鉄道では関東地方で最長、全国では近畿日本鉄道(近鉄)の501.1km[6]に次いで第2位である[注釈 2][7]。路線は、創業路線である伊勢崎線(東武スカイツリーライン)や日光線・野田線(東武アーバンパークライン)を主軸とした「本線」と、東上本線・越生線からなる「東上線」の2つの路線群に分けられる(1983年に熊谷線の廃止で独立線区が消滅して以降)。
社紋は1897年(明治30年)の創立以来のものを使用しており、車輪を模した円に図案化した東武の「東」を加えて鉄道による奉仕の意思を表現している[8]。
社紋に代わるロゴは時代によって様々なものが考案・使用されてきたが、グループ会社間で統一されていなかった。そのため東京スカイツリー建設による沿線地域の開発決定を機に、イメージの刷新を兼ねてグループ統一ロゴが制作されることになった。社内部門や協力会社との検討によって1,500種の案から選定された現在のロゴは2011年(平成23年)7月から使用を開始している。「T」を中心に四方に延びるラインには「高く伸びる東京スカイツリー」・「会社が周囲に提供する安全、安心、快適さ、期待感」・「地域ニーズの収集及び発信」という意味が込められている。またロゴの青色は「Future Blue」と命名され、東武グループの「信頼性」・「包括力」・「期待感」を表している[8]。開発には凸版印刷のブランディング部門が関わった[9]。
- 社紋
- ロゴ
- 東武グループのロゴ
創業から終戦まで
- 1895年(明治28年)4月6日:創立願い[10]。
- 1896年(明治29年)
- 1897年(明治30年)
- 1899年(明治32年)8月27日:初の路線で現在の伊勢崎線となる北千住駅 - 久喜駅間開業。
- 1905年(明治38年):営業不振により、根津嘉一郎(初代)を初代東武鉄道社長に迎える。
- 1906年(明治39年)
- 1912年(明治45年)3月30日:現在の佐野線を運営していた佐野鉄道を合併。
- 1913年(大正2年)3月:現在の桐生線を運営していた太田軽便鉄道を合併。
- 1920年(大正9年)7月22日:現在の東上本線を運営していた東上鉄道と対等合併。存続会社は東武鉄道。
- 1923年(大正12年)9月1日:関東大震災により被災。
- 1927年(昭和2年)10月1日:後の伊香保軌道線(1956年廃止)を東京電燈から買収(9月26日許可)[14]。
- 1929年(昭和4年)
- 1931年(昭和6年)
- 5月25日:浅草雷門駅(現・浅草駅)に乗り入れ。根津の支援を受けて早川徳次が1927年に開業させていた東京地下鉄道(帝都高速度交通営団→東京地下鉄〈東京メトロ〉の前身)の銀座線と接続。
- 8月11日:宇都宮線開業。
- 11月1日:浅草駅の駅ビルに松屋入店。これは1920年(大正9年)11月1日に阪神急行電鉄(現・阪急電鉄)梅田駅に開店した白木屋、1928年(昭和3年)12月18日に池上電気鉄道(現・東急池上線)五反田駅の白木屋に続き、日本全国で3番目のターミナルデパートとなる。
- 12月20日:震災復興などを理由に建設が遅れていた西板線のうち、西新井駅 - 大師前駅間が先行開業。その後、上板橋駅までの全線開業を断念し、同区間は大師線となる。
- 1933年(昭和8年)10月27日:傍系バス会社として毛武自動車(東武バスの前身)が設立される。
- 1934年(昭和9年)4月1日:川越地区で直営バス事業開始(東武バス#沿革を参照)。
- 1936年(昭和11年)9月8日:毛武自動車が東武自動車に社名変更。
- 1937年(昭和12年)1月10日:現在の小泉線を運営していた上州鉄道を合併(1月9日許可)[15]。
- 1938年(昭和13年)
- 1939年(昭和14年)6月1日:東武自動車が東武鉄道の直営バス事業を継承してバス事業を一元化。
- 1941年(昭和16年)7月:根津嘉一郎(初代)の逝去を受け、根津嘉一郎(2代目)が第2代東武鉄道社長に就任。1994年(平成6年)6月まで社長職を続け、東京証券取引所上場企業の中では、史上最長期間(52年12か月)の社長職を務める。
- 1943年(昭和18年)
- 1944年(昭和19年)3月1日:現在の野田線を運営していた総武鉄道を合併。
- 1945年(昭和20年)
戦後 - 1970年代
- 1946年(昭和21年)3月25日:敗戦後の日本を占領統治した連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の鉄道司令部(RTO)の指令により、啓志線全線が開通。連合軍専用列車を運行。
- 1947年(昭和22年)5月31日:後の日光軌道線を運営していた日光軌道、傍系のバス会社である東武自動車を合併。
- 1948年(昭和23年)8月6日:連合軍専用列車の一部を開放する形で日光・鬼怒川特急運転開始。「華厳」・「鬼怒」(現・「けごん」・「きぬ」)と命名。私鉄による特急列車運行は近鉄特急に続いて日本全国で2番目。
- 1949年(昭和24年)
- 1950年(昭和25年)10月5日:日光普通索道線 (0.3km) が開通。路線総延長が東武史上最長の591.6kmを記録[18]。
- 1952年(昭和27年)4月:特急列車を自由定員制から座席指定制に変更。
- 1955年(昭和30年)7月2日:東武鉄道最初の夜行列車として不定期列車「日光山岳夜行」が運転。
- 1956年(昭和31年):桐生線新大間々駅(現・赤城駅)から上毛電気鉄道上毛線に乗り入れる急行「じょうもう」運転開始(1963年まで)。
- 1959年(昭和34年)
- 1960年(昭和35年)10月:「デラックスロマンスカー(DRC)」と呼ばれた1720系が日光・鬼怒川特急に就役。日光観光を巡り、日本国有鉄道(国鉄)との熾烈な市場獲得競争を繰り広げる。
- 1962年(昭和37年)5月31日:伊勢崎線が帝都高速度交通営団(現・東京メトロ)日比谷線と相互直通運転開始。
- 1966年(昭和41年)7月1日:本線で蒸気機関車の運転を廃止。
- 1967年(昭和42年)6月27日:踏切支障報知装置を設置。
- 1968年(昭和43年)
- 1969年(昭和44年)7月1日:電話交換機を全自動化。
- 1971年(昭和46年)6月17日:東武鉄道初の分譲マンション「東武西新井サンライトマンション」が完成。
- 1972年(昭和47年)7月11日:伊勢崎線・東上線において冷房車の営業運転を開始[19]。
- 1973年(昭和48年)9月1日:本線全変電所において遠隔集中制御が開始。
- 1974年(昭和49年)7月2日:伊勢崎線北千住駅 - 竹ノ塚駅間複々線化。関東私鉄として初めての複々線となる。
- 1979年(昭和54年)1月8日:鉄道運賃改定を実施し、対キロ区間制を導入。
1980 - 1990年代
- 1981年(昭和56年)
- 1983年(昭和58年)
- 1985年(昭和60年)
- 1986年(昭和61年)
- 10月9日:鬼怒川線が野岩鉄道会津鬼怒川線と相互直通運転開始。
- 12月27日:スノーパル23:50(現・23:55)の運転を開始。
- 12月31日:東武鉄道のバス路線廃止により、群馬県館林市が当時日本で唯一「路線バスが存在しない市」となる[20]。
- 1987年(昭和62年)8月25日:東上本線和光市駅 - 志木駅間複々線化。帝都高速度交通営団有楽町線と相互直通運転開始。
- 1988年(昭和63年)
- 5月18日:特定都市鉄道整備事業の導入に伴い、鉄道運賃改定を実施。初乗旅客運賃を大人100円とする。北千住駅 - 北越谷駅間に特別加算運賃(10円)を設定。
- 6月1日:とーぶカードを発行開始。
- 1989年(平成元年)
- 1990年(平成2年)6月1日:100系が日光・鬼怒川特急に就役。「スペーシア」の愛称が与えられる(列車名は「スペーシアきぬ」「スペーシアけごん」)。
- 1991年(平成3年)11月20日:鉄道運賃改定を実施。初乗旅客運賃を大人110円とする。
- 1992年(平成4年)4月1日:東上本線の秩父鉄道秩父本線への定期旅客列車の乗り入れが廃止。
- 1993年(平成5年)
- 4月24日:東武ワールドスクウェアが開園。
- 10月16日:本線に新電力システムを使用開始。
- 1994年(平成6年)6月:根津嘉一郎 (2代目)が東武鉄道会長職に退き、内田隆滋が第3代東武鉄道社長に就任[21]。
- 1995年(平成7年)
- 1996年(平成8年)
- 1997年(平成9年)
- 1998年(平成10年)10月30日:社史『東武鉄道百年史』を発行。
- 1999年(平成11年)6月:内田隆滋が社長職を辞職。根津嘉澄が第4代東武鉄道社長に就任。
2000年代
- 2000年(平成12年)
- 2001年(平成13年)
- 2002年(平成14年)
- 9月30日:バス事業本部を廃止。翌10月1日よりバス事業を資産管理会社の東武バス、運行会社の東武バスセントラル・東武バスウエスト・東武バスイースト・東武バス日光の4社に譲渡[24]。
- 11月1日:「会社創立105周年記念 特急・急行料金値下げキャンペーン」を11月30日まで実施[25]。
- 2003年(平成15年)
- 3月19日:伊勢崎線にて帝都高速度交通営団半蔵門線・東京急行電鉄田園都市線と相互直通運転開始。
- 5月1日:全駅で終日禁煙を実施[26]。
- 6月1日:施設・設備の維持補修および保守業務を東武エンジニアリングに委託。
- 8月1日:69駅における駅業務、構内営業等の業務を東武ステーションサービスに委託[27]。
- 9月30日:日本大手私鉄で唯一残存していた貨物営業を廃止(実質的な最終貨物列車はこの年の8月2日、北館林荷扱所 - 久喜駅間の石油輸送列車1往復)[28]。
- 2004年(平成16年)
- 2005年(平成17年)
- 2006年(平成18年)
- 2007年(平成19年)
- 2008年(平成20年)
- 2月14日:遅延証明書を公式サイトでも発行するサービスを開始[31][注釈 3]。
- 3月14日:自動改札機でのパスネット利用を終了。
- 6月14日:東上本線が東京メトロ副都心線開業に伴い同線と相互直通運転開始。「特急」を廃止し、座席定員制ライナー列車「TJライナー」と「快速急行」を新設。
- 7月14日:業平橋駅地平ホームの跡地に、東武鉄道・東武タワースカイツリー株式会社による電波塔「東京スカイツリー」を着工。
- 9月29日:「102@Club」(いちまるにアットクラブ)終了。
- 11月1日:会社創立111周年に際し、駅係員・乗務員の制服を一新。
- 11月11日:「特急券チケットレスサービス」「運行情報メールサービス」開始。伊勢崎線・日光線系統の特急券が対象。販売窓口を経由せずに購入・乗車が可能になる[32][33]。
- 2009年(平成21年)
2010年代以降
- 2010年(平成22年)
- 3月24日:全線の踏切に踏切支障報知装置を設置。
- 2011年(平成23年)
- 2012年(平成24年)
- 2013年(平成25年)
- 2014年(平成26年)4月1日:野田線の路線愛称名「東武アーバンパークライン」使用開始[39]。消費税率引き上げに伴い、旅客運賃改定。切符購入時の初乗旅客運賃を大人150円、ICカード利用時の初乗旅客運賃を大人144円とする。
- 2015年(平成27年)
- 2016年(平成28年)
- 3月26日:
- 地下鉄副都心線・東急東横線・みなとみらい線直通列車を東上本線内で急行として運転開始。東上本線・副都心線内急行、東急東横線・みなとみらい線内特急として運転される列車の愛称を「Fライナー」とする。
- 野田線(アーバンパークライン)で急行を運転開始。
- 3月26日:
- 2017年(平成29年)
- 2019年(平成31年、令和元年)
- 2020年(令和2年)
- 2021年(令和3年)
- 2023年(令和5年)
代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 備考 |
---|---|---|---|---|
1 | 根津嘉一郎 (初代) | 1905年 | 1940年 | 本人死去に伴う退任 |
2 | 根津嘉一郎 (2代目) | 1941年7月 | 1994年6月 | 2002年死去 |
3 | 内田隆滋 | 1994年6月 | 1999年6月 | 2016年死去 |
4 | 根津嘉澄 | 1999年6月 | 2023年6月 | |
5 | 都筑豊[55] | 2023年6月 |
現在の東武鉄道の路線は、大きく本線(伊勢崎線〈東武スカイツリーライン〉・日光線・野田線〈東武アーバンパークライン〉ほか)と東上線(東上本線・越生線)とに二分出来る[58]。なお、両線の間は自社線では結ばれていないが、車両の転属および東上線車両の南栗橋工場入出場は、秩父鉄道秩父本線のうち寄居駅 - 羽生駅間を利用して行われている。回送時には、秩父鉄道所属の電気機関車か、秩父ATS搭載の8000系電車(森林公園検修区→南栗橋車両管区所属の8506F)が先頭に連結される。
沿革で記載のように、東上鉄道(東上本線)を合併したほか、第二次世界大戦中の陸上交通事業調整法により、総武鉄道(野田線)や下野電気鉄道(鬼怒川線)など周辺の小規模な鉄道会社をいくつか合併した経緯がある。
東上鉄道との合併は、東武鉄道の歴史上唯一の対等合併であり、社内外の調整が難航した。結果的に東武本社とは別に東京・西池袋に東上線を管轄する東上業務部が2015年まで設置され、現在も本線とは列車種別や運行体制が異なるなど、独立色が強くなっている。
前述周辺私鉄を合併した戦後の最盛期には総延長591.6kmもの路線を有していた。その後、ローカル線の廃止を早く進めたこともあって、JRを除く日本の私鉄1位の路線網を擁する近畿日本鉄道(近鉄)と2位の名古屋鉄道(名鉄)に次ぐ第3位という状況が長く続いたが、1990年代後半より名鉄でローカル線の廃止が相次ぎ、2005年4月1日に名鉄と東武で順位が入れ替わり、近鉄に次いで2位となった。1997年に会沢線を廃止して以降の保有路線総延長は463.3kmで、近鉄・名鉄と同様に400km以上の路線網を擁する日本の大手私鉄の一つとなっている[18]。
1984年まで多くの貨物列車がほぼ全線にわたって運行され、貨物駅も起点側都内の業平橋駅(現・とうきょうスカイツリー駅)や千住駅(現在の牛田駅 - 北千住駅間にあった千住分岐点からの分岐先に所在)を始め各地に存在し、北千住駅・久喜駅・伊勢崎駅などで貨物の連絡運輸が行われていた。その後は大幅に縮小しながらも大手私鉄では最後まで貨物列車が運行されていたが、末期の貨物列車運行区間であった伊勢崎線北部、佐野線でも、2003年9月30日限りで貨物営業が廃止された(貨物列車の運行自体は廃止日以前に終了している)。
施設面では、明治時代・大正時代に蒸気機関車牽引列車主体で営業を開始した路線が多く、いわゆる「国鉄式」のホーム配置など、旧国鉄と共通する駅構造を持った駅が多かった。これらの構造は、1980年代以降の高架化や複々線化など近代化の過程でほとんどが姿を消したが、現在でも春日部駅や伊勢崎線北部、日光線などにその構造が残っている駅がある。また、旅客営業規則についても、1997年3月24日まで本線系統の有料特急・急行列車に定期乗車券では利用できないなど、国鉄の規定にほぼ準じていた。これらの施設面や営業規則から、一部では「ミニ国鉄」と揶揄されたこともある。
東武の鉄道路線のトンネルは、押上駅付近の地下線の入口を除けば、日光線の明神駅 - 下今市駅間の十国坂トンネル1箇所のみで、それも全長40mと非常に短い。これは、大手私鉄ではトンネル区間のない西日本鉄道に次ぐ少なさ・短さである。
関東地方の大手私鉄で唯一、半世紀以上も路線延伸がなく、平成期に新線が開業しなかった事業者である。西板線(大師線)・熊谷線などの延伸計画はあったが、財政難などの理由で頓挫し、また都営三田線への乗り入れのため、高島平 - 和光市間の鉄道免許を受けたが、これも営団8号線(現・東京地下鉄有楽町線)に乗り入れ先が変更となり、建設されなかった。
- 東武鉄道(青)の営業キロ推移(クリックで拡大)
以下で左端のマーク(英字)は駅ナンバリングで使われる記号
本線
東上線
廃止路線(全線廃止となった線のみ)
旅客線
貨物線
- 借宿線:野州山辺駅 - 中川分岐 - 借宿駅 1.3km、中川分岐 - 只上駅 … 1935年7月7日廃止[59]。非電化。
- 戸奈良線:田沼駅 - 戸奈良駅、田沼駅 - 戸室駅 … 1939年4月5日廃止。非電化。
- 大谷線:
- 大利根砂利線:羽生駅 - 利根川右岸駅 … 1962年9月廃止。非電化?
- 東武和泉砂利線:東武和泉駅 - 渡良瀬右岸駅 … 1967年3月23日廃止。
- 根古屋線:小川町駅 - 根古屋駅 4.3km … 1967年4月1日廃止。非電化。
- 徳川河岸線:木崎駅 - 徳川河岸駅(平塚河岸駅) 3.2km - 1968年6月10日廃止。
- 仙石河岸線:西小泉駅 - 仙石河岸駅 3.0km … 1976年10月1日廃止。
- 小倉川砂利線:壬生駅 - 小倉川採取場駅 … 1984年2月1日廃止。
- 大叶線:上白石駅 - 大叶駅 1.6km … 1986年10月21日廃止。
- 千住線:千住分岐点(旧・中千住駅) - 千住駅 0.6km … 1987年5月1日廃止。
- 柳原線:柳原信号所(野州大塚駅 - 壬生駅間に存在) - 柳原採取場駅 … 1989年11月28日廃止。
- 会沢線:葛生駅 - 上白石駅 - 第三会沢駅 4.6km … 1997年10月1日全線廃止。
未成線
- 西板線:大師前駅 - 鹿浜駅 - 上板橋駅 10.4km … 1932年7月26日鹿浜駅 - 上板橋駅間 7.2km、1937年6月23日大師前駅 - 鹿浜駅間 3.2km免許失効[60]。
- 伊勢崎線:伊勢崎駅 - 荒牧駅 18.2km … 1935年12月13日免許失効[60]。
- 佐野線:田沼駅 - 家中駅 17.1km … 1924年5月7日免許失効[60]。日光線杉戸駅(現・東武動物公園駅) - 家中駅間の免許取得で不要に。
- 熊谷線:妻沼駅 - 新小泉駅 3.7km … 1974年9月7日免許失効[60]。
- 東上本線:寄居駅 - 東武高崎駅 30.1km … 1924年5月7日免許失効[60]。
- 渋川線:(東武)高崎駅 - 渋川駅 20.1km … 東上鉄道時代の1920年6月3日免許失効[60]。
- 高島平線:和光市駅 - 西高島平駅 3.1km … 1972年12月21日免許失効[60]。
東武鉄道では、古くから日光線・鬼怒川線系統では「観光列車」として、伊勢崎線系統では「ビジネス列車」として、特急・急行などの優等列車を走らせていた。「特急料金」だけでなく「急行料金」が存在した。
「特急」については、本線では有料列車なのに対し、東上線では料金不要の速達列車(JRでいう「快速列車」の一種で、「特別快速」に相当)となっていたが、2008年6月14日のダイヤ改正時に東上線特急は廃止され、代わりに「快速急行」が新設された。
「急行」については、本線では、2006年3月18日のダイヤ改正時に従来「急行」として運行されていた列車が「特急」に統合され、急行は他の大手私鉄や東上線と同様の料金不要種別となった。従来から運転されていた「快速」の種別名称は変更されなかったため、当ダイヤ改正以降、快速は急行の上位種別となった。2013年3月16日のダイヤ改正時に東上線にも「快速」が新設されたが、本線と同様、快速は急行の上位種別となった。
2017年4月21日のダイヤ改正より、東武鉄道では26年ぶりの新型特急車両「リバティ」による特急が運行されることとなった[61]。このうち「アーバンパークライナー」は本線と野田線を直通して運行される。
2022年3月12日のダイヤ改正時点で、下記の有料優等列車を運行している。
本線
- 日光線・鬼怒川線系統・野岩鉄道・会津鉄道直通系統
- 特急「けごん」・「リバティけごん」(浅草駅 - 新栃木・東武日光駅)
- 特急 「きぬ」・「リバティきぬ」(浅草駅 - 鬼怒川温泉駅・新藤原駅)
- 特急「リバティ会津」(浅草駅 - 会津田島駅)
- 伊勢崎線・桐生線・佐野線系統
- 特急 「りょうもう」・「リバティりょうもう」(浅草駅 - 館林駅・太田駅・赤城駅・葛生駅・伊勢崎駅)
- 伊勢崎線・野田線近距離列車
- 特急「スカイツリーライナー」(浅草駅 - 春日部駅)
- 特急「アーバンパークライナー」(浅草駅 - 大宮駅・柏駅、大宮駅・春日部駅 - 運河駅・柏駅)
- 伊勢崎線・日比谷線直通系統
- 「THライナー」(恵比寿駅・霞ヶ関駅 - 久喜駅)
これらの列車に乗車する際は原則として特急券または座席指定券が必要であるが、下り「スカイツリーライナー」のせんげん台駅 - 春日部駅間、「アーバンパークライナー」のうち浅草駅発のせんげん台駅 - 大宮駅・柏駅間、大宮駅発の春日部駅 - 柏駅間、柏駅発の運河駅 - 大宮駅間においても特急券が不要となる。また、「リバティきぬ」と「リバティ会津」の鬼怒川温泉駅 - 会津田島駅間の相互利用に限り、座席の指定を受けない場合は特急券が不要となる。
上り列車に限り、とうきょうスカイツリー駅から浅草駅まで全列車で特急券が不要となるサービスがあったが、2023年3月18日の特急料金改定に合わせて廃止された[62]。
東京メトロ日比谷線に直通する「THライナー」は特急ではないが、座席指定券が必要であり、東武線内のみの乗車は出来ない。
臨時夜行列車
年末年始の終夜運転を除けば、JR以外では珍しい定期的に運行されている夜行列車である[63]。東武トップツアーズが催行するツアーとしての運行で、事実上団体専用列車である。
行き先の駅には未明の到着になるので、到着後しばらく仮眠できる。「尾瀬夜行」の場合、2021年ダイヤでは23:55に浅草を出発し2:16に東武日光に到着、車内で4時頃まで仮眠を取ることができた。
JR東日本との相互直通運転列車
2006年3月18日のダイヤ改正より、日光線とJR宇都宮線の接続駅である栗橋駅に連絡線を設け、東日本旅客鉄道(JR東日本)新宿駅 - 東武日光駅・鬼怒川温泉駅間を結ぶ下記の特急列車の直通運転が行われている。
- 特急「スペーシアきぬがわ」(新宿駅 - 鬼怒川温泉駅、100系使用、臨時列車のみ)
- 特急「スペーシア日光」(新宿駅 - 東武日光駅、100系使用)
- 特急「日光」(新宿駅 - 東武日光駅、JR東日本253系使用、臨時列車のみ)
- 特急「きぬがわ」(新宿駅 - 鬼怒川温泉駅、JR東日本253系使用)
新宿駅からの経路はJR山手貨物線 - 宇都宮線(東北本線) - 栗橋駅(運転停車) - 東武日光線・鬼怒川線である。なお、池袋駅で東上本線、大宮駅で野田線と接続することから、時刻表・発車案内・停車駅案内図において、JRの駅名を「JR池袋」など頭に「JR」を冠して案内している。
JR東日本線内で事故などの運転トラブルが生じた場合は、南栗橋駅止まり・栃木駅始発等の措置がとられる。また、2006年の運転開始当初のJR側の充当車両は485系および189系「彩野」で、485系が定期検査で使用できない際は第1予備の東武100系または第2予備の189系「彩野」が代走していた。2011年のJR東日本253系1000番台投入後は、253系が2編成あるため、第1予備を253系、第2予備を東武100系としている。
臨時SL・DL列車
日光線および鬼怒川線では、蒸気機関車 (SL) またはディーゼル機関車 (DL) の牽引による臨時列車が運行されている。
- 「SL大樹」・「DL大樹」(下今市駅 - 鬼怒川温泉駅)
- 「SL大樹ふたら」(東武日光駅 - 下今市駅・鬼怒川温泉駅)
東上本線
上り列車は降車駅が池袋駅に限られる。下り列車のふじみ野駅 - 小川町駅間は座席指定券が不要となる。
過去に存在した主な有料優等列車
- 本線
- 快速急行「だいや」(一部ビジネスライナー)→急行「きりふり」→特急「きりふり」(浅草駅 - 東武日光駅など)廃止日:2022年3月12日[66]
- 快速急行「しもつけ」→快速急行「ビジネスライナーしもつけ」→急行「しもつけ」→特急「しもつけ」(浅草駅 - 東武宇都宮駅)廃止日:2020年6月6日[48](ただし、新型コロナウイルス感染拡大防止のための特急減便により、同年4月25日から運休となり[47]、4月24日が事実上の最終運行日となった。)
- 快速急行「おじか」→急行「ゆのさと」(浅草駅 - 新藤原駅)廃止日:2006年3月18日(臨時化のうえ特急に格上げ)
- 快速急行「おじか」→急行「南会津」(浅草駅 - 会津田島駅)廃止日:2005年(平成17年)3月1日
- 急行「(ビジネスライナー)りょうもう」(浅草駅 - 太田駅・赤城駅・伊勢崎駅・葛生駅)廃止日:1999年3月16日(特急に格上げ)
- 東上線
- 特急「フライング東上」(池袋駅 - 寄居駅)廃止年:1962年11月(急行に格下げ→1967年12月16日に廃止)
無料優等列車
以下に本線と東上本線で採用されている無料優等種別名を記す。前述の通り、東武鉄道は本線と東上本線で運行系統が大きく異なっており、無料優等列車で採用されている種別名も異なる。同一種別でも運行時間帯・運転間隔等が異なる。
- 本線
- 急行
- 区間急行
- 準急
- 区間準急
- 2006年3月18日のダイヤ改正で種別名が変更され、急行と準急は半蔵門線直通列車に、区間急行と区間準急は浅草または北千住駅を発着する無料優等列車に割り当てられる。
- 2017年4月21日のダイヤ改正で快速と区間快速の運転区間を浅草発着から南栗橋発着に短縮した上で、急行と区間急行に種別名を変更した。急行と区間急行は南栗橋駅を境に運用が分断され、同駅を直通する一般列車の運用は存在しない。
- 東上本線
- 川越特急
- 快速急行
- 急行
- 準急
- 2016年3月26日のダイヤ改正で東上本線と副都心線内で急行、東急東横線とみなとみらい線で特急となる列車にはFライナーの愛称が付与された。このダイヤ改正で平日朝ラッシュ時の上り線に設定されていた通勤急行は全て準急に置き換えられて廃止された。
- 2019年3月16日のダイヤ改正で川越特急が新設され、全列車が50090型のクロスシートで運転される。2023年3月18日のダイヤ改正で快速が廃止され、Fライナーの東上本線は種別を快速急行に変更した。
詳しくは各路線の項目を参照のこと。