田辺朔郎
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田辺 朔郎(たなべ さくろう、1861年12月2日(文久元年11月1日) - 1944年(昭和19年)9月5日)は、日本の土木技術者・工学者。工学博士。土木学会長。位階および勲等は従三位・勲一等。号は石斎を名乗る。
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- 田辺 朔郎
- 田邊 朔郎
- 田邉 朔郎
琵琶湖疏水や日本初の水力発電所の建設、関門海底トンネルの提言を行うなど、日本の近代土木工学の礎を築いた[1]。北海道官設鉄道敷設部長として北海道の幹線鉄道開発に着手し[2]、狩勝峠の名づけを行った。
オープンストリートマップに田辺朔郎の地図があります。