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菅波茂

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

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菅波 茂(すがなみ しげる、1913年2月25日 - 1982年12月23日)は、日本政治家医師自由民主党衆議院議員

来歴・人物

福島県いわき市出身。磐城中学校(現・福島県立磐城高等学校)、昭和医学専門学校(現・昭和大学医学部)を卒業後、千葉医科大学第二内科研究室を経て、四倉町にて家業の病院を継ぐ。

1963年(昭和38年)、福島県議会議員当選。1967年(昭和42年)の第31回衆議院議員総選挙で旧福島3区から自民党公認で出馬し初当選(当選同期に塩川正十郎加藤六月河野洋平中尾栄一藤波孝生武藤嘉文坂本三十次塩谷一夫水野清など)。以後6回連続当選。

三木派河本派に所属。環境、労働各政務次官、衆院文教委員長などを歴任した。生家が漁師の網元であったことから水産政策にも深く関わり、自民党政調会の水産部長や海洋対策特別委員長も経験した。

1982年(昭和57年)12月23日死去。享年69。地盤は田中角栄元首相の娘婿である田中直紀が継承した。

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