駅路
古代日本の道路 / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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この項目では、古代日本の道路について説明しています。松本清張の小説については「駅路 (松本清張)」をご覧ください。 |
駅路(えきろ)とは、古代律令制において定められた駅使が通行する官道のこと。七道駅路(しちどうえきろ)ともよばれる。宿駅・駅馬(えきば/はゆま)が整備された(駅制)。中央もしくは国府が発給した駅鈴を携行する駅使のみが駅馬を用いることができた。
都と大宰府及び五畿七道の国府とを結ぶ迅速な情報伝達を目的とする道路網であり、中央政府の命令・地方国司の報告・緊急事態の文書連絡は、駅使がこの道を用いて駅馬を乗り継ぎ文書を運んだ。都から放射状に道路が整備されたが、五畿七道を跨いだ国府間を連絡する道も整備された。
考古学調査の成果によれば、その幅は最小で6メートル (m) 程度、最大では30 mを超えていたことが判明している。また、直線道路という特徴も持っていた[注釈 1]。後世の街道も駅路に由来を持つものがある。