鯰絵
ナマズを題材に描かれた錦絵 / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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鯰絵(なまずえ)とは、地下に棲む大鯰(地震鯰)が動くと地震が起きるという民間信仰をモチーフとし、震災直後に版行された戯画の総称[2]。狭義には安政2年(1855年)10月2日に発生した安政大地震直後に版行された多色摺りされた一枚絵(錦絵)を指すが[3]、2021年現在では「安政大地震に限らず地震直後に版行された錦絵や瓦版などの風刺画を意味する学術用語」とする広義が定着している[2][4]。
鯰絵が大量に版行されたのは安政大地震の直後である。当時の記録によれば鯰絵を含む地震に関連する版行物は320点から400点にも及んだ。それらは錦絵・狂絵・戯画・鯰の絵・地震絵などと記されており、当時は鯰絵とは呼ばれていなかった[5]。定義によって異なるが、加藤光男は現存する鯰絵の作品数を鯰が描かれた鯰絵が156点、鯰が描かれない鯰絵が32点(図4)、見立は9点(図13-2)、瓦版は69点、小本は10点[注釈 1]としている[7]。
江戸時代後期における錦絵は版下の段階で「改め」を受ける必要があったが、鯰絵の多くは幕府の許可を得ずに販売された無許可版行物(無改)であった。そのため改印はもちろん、版元・絵師・製作時期などが記されておらず、多くの作品で誰が関わったのか明らかになっていない[8][2][9]。