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1970年メキシコグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

メキシコ 1970年メキシコグランプリ
レース詳細
1970年F1世界選手権全13戦の第13戦
日程 1970年10月25日
正式名称 IX Gran Premio de Mexico[1]
開催地 マグダレナ・ミクスカ
メキシコ メキシコシティ
コース 恒久的レース施設
コース長 5.000 km (3.107 mi)
レース距離 65周 325.000 km (201.946 mi)
決勝日天候 晴(ドライ)[2]
ポールポジション
ドライバー フェラーリ
タイム 1:41.86
ファステストラップ
ドライバー
ジャッキー・イクス
フェラーリ
タイム 1:43.11 (46[3]周目)
決勝順位
優勝 フェラーリ
2位 フェラーリ
3位 マクラーレン-フォード

1970年メキシコグランプリ (1970 Mexican Grand Prix) は、1970年のF1世界選手権第13戦(最終戦)として、1970年10月25日マグダレナ・ミクスカで開催された。

レースは65周で行われ、フェラーリジャッキー・イクスが3番手スタートから優勝した。チームメイトのクレイ・レガツォーニが2位、マクラーレンデニス・ハルムが3位となった。

エントリー

前戦アメリカGPヨッヘン・リントドライバーズチャンピオンロータスコンストラクターズチャンピオンが決定し、主催者は18台以上のマシンを走らせる余裕がなく、主要8チーム(ティレルフェラーリマトラマクラーレンマーチブラバムBRM、ロータス)の各2台に縮小された。これに加えて出場が許可された2台は、ロブ・ウォーカーグラハム・ヒルサーティースジョン・サーティースであった[4]

ジャック・ブラバムは本レースを最後に引退することを決心した。ブラバムはレース後に引退を表明することにしていたが、金曜日にメディアから引退報道が発信されてしまい[1]、同日引退を表明した[4]

エントリーリスト

チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
ティレル・レーシング・オーガニゼーション
1
ジャッキー・スチュワート
ティレル 001 フォードコスワース DFV 3.0L V8 D
2
フランソワ・セベール
マーチ 701
スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC
3
ジャッキー・イクス
フェラーリ 312B フェラーリ 001 3.0L F12 F
4
クレイ・レガツォーニ
エキップ・マトラ・エルフ
6
ジャン=ピエール・ベルトワーズ
マトラ MS120 マトラ MS12 3.0L V12 G
7
アンリ・ペスカロロ
ブルース・マクラーレン・モーターレーシング
8
デニス・ハルム
マクラーレン M14A フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
9
ピーター・ゲシン
マーチ・エンジニアリング
11
ジョー・シフェール
マーチ 701 フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
12
クリス・エイモン
ブルックボンド・オクソ・レーシング/ロブ・ウォーカー
14
グラハム・ヒル
ロータス 72C フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
モーターレーシング・ディベロップメンツ・リミテッド
15
ジャック・ブラバム
ブラバム BT33 フォードコスワース DFV 3.0L V8 G
アウト・モトール・ウント・シュポルト
16
ロルフ・シュトメレン
チーム・サーティース
17
ジョン・サーティース
サーティース TS7 フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
ヤードレー・チーム・BRM
19
ペドロ・ロドリゲス
BRM P153 BRM P142 3.0L V12 D
20
ジャッキー・オリバー
ゴールドリーフ・チーム・ロータス
23
レイネ・ウィセル
ロータス 72C フォードコスワース DFV 3.0L V8 F
24
エマーソン・フィッティパルディ
ソース:[5]

予選

本命と見られたジャッキー・スチュワートジャッキー・イクスを抑え、クレイ・レガツォーニポールポジションを獲得した。スチュワートは2番手、イクスは3番手であった。イクスと2列目に並んだのは引退を表明したジャック・ブラバムで、3列目はクリス・エイモンジャン=ピエール・ベルトワーズが並ぶ。前戦アメリカGPの勝者エマーソン・フィッティパルディはエンジントラブルに見舞われて最下位に終わった[4]

予選結果

順位 No. ドライバー コンストラクター タイム グリッド
1 4
クレイ・レガツォーニ
フェラーリ 1:41.86 - 1
2 1
ジャッキー・スチュワート
ティレル-フォード 1:41.88 +0.02 2
3 3
ジャッキー・イクス
フェラーリ 1:42.41 +0.55 3
4 15
ジャック・ブラバム
ブラバム-フォード 1:43.57 +1.71 4
5 12
クリス・エイモン
マーチ-フォード 1:43.71 +1.85 5
6 6
ジャン=ピエール・ベルトワーズ
マトラ 1:43.82 +1.96 6
7 19
ペドロ・ロドリゲス
BRM 1:44.01 +2.15 7
8 14
グラハム・ヒル
ロータス-フォード 1:44.13 +2.27 8
9 2
フランソワ・セベール
マーチ-フォード 1:44.21 +2.35 9
10 9
ピーター・ゲシン
マクラーレン-フォード 1:44.46 +2.60 10
11 7
アンリ・ペスカロロ
マトラ 1:44.55 +2.69 11
12 23
レイネ・ウィセル
ロータス-フォード 1:44.59 +2.73 12
13 20
ジャッキー・オリバー
BRM 1:44.70 +2.84 13
14 8
デニス・ハルム
マクラーレン-フォード 1:44.95 +3.09 14
15 17
ジョン・サーティース
サーティース-フォード 1:45.03 +3.17 15
16 11
ジョー・シフェール
マーチ-フォード 1:46.15 +4.29 16
17 16
ロルフ・シュトメレン
ブラバム-フォード 1:46.30 +4.44 17
18 24
エマーソン・フィッティパルディ
ロータス-フォード 1:48.13 +6.27 18
ソース:[6][7]

決勝

レース当日は20万人もの観衆が押しかけ、ガードレールを飛び越えてコース脇の芝生に陣取る者もいた。主催者はレースを中止にすると暴動が起きるのではないかと恐れ[4]ジャッキー・スチュワートペドロ・ロドリゲスは観客にマイクを通して訴えた。警官が観客を安全な場所に移動させるため、レース開始は1時間遅れた。しかし、レース中も観客がコースを横切るなど混乱は続いた[1]

レース序盤はジャッキー・イクスがスチュワートとクレイ・レガツォーニをリードしたが、スチュワートはステアリングコラムのトラブルにより後退し、コース上に逃げた犬と接触したことによりサスペンションが壊れ、リタイアに追い込まれた。スチュワートがティレル・001を走らせた終盤3戦は全てリタイアに終わったが、その3戦全てで首位争いを演じたことでティレル・001の高い潜在能力を示した[8]。これでフェラーリ勢が1-2体制を築いてレースを支配した。ジャック・ブラバムは3位を走行していたが、53周目にエンジンがブローしてしまい、F1最後のレースはリタイアに終わった。ブラバムはチームを共同創設者のロン・トーラナック英語版に託し、故郷のオーストラリアへ帰っていった[9]。イクスとレガツォーニのフェラーリ勢はそのまま1-2フィニッシュを達成し、シーズンの最後に花を添えた[10]フェラーリ・312Bフォード・コスワース・DFVエンジン搭載車に十分対抗できるだけの性能があることを証明し、同車に搭載された水平対向12気筒エンジン[注 1]がこの年のF1最強エンジンという定評を得るに至った[10]。一方、DFVはシーズンを通してエンジントラブルが目立ち、「DFV時代にも翳りが見えた」とも言われた[11]。フェラーリ勢に続き3位表彰台を獲得したのはデニス・ハルムで、チームオーナーのブルース・マクラーレンの事故死で揺れたマクラーレンをチーム代表のテディ・メイヤーとともに支え、この年のCan-Amを制するとともに、F1ではヨッヘン・リントとフェラーリ勢に続くドライバーズランキング4位を確保した[12]。タイヤメーカーのダンロップはこの年をもってF1から撤退した。この年のタイヤメーカー3社の勝利数は、ファイアストンロータスとフェラーリによって10勝、ダンロップはBRMティレル(マシンはマーチ)によって2勝、グッドイヤーブラバムによる1勝にとどまった[11]

観客たちによる無秩序さが安全性の観点で問題となり[1]、メキシコGPが翌年のF1カレンダーから外される要因となった。メキシコGPが再開されるのは16年後の1986年である。

レース結果

順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 グリッド ポイント
1 3
ジャッキー・イクス
フェラーリ 65 1:53:28.36 3 9
2 4
クレイ・レガツォーニ
フェラーリ 65 +24.64 1 6
3 8
デニス・ハルム
マクラーレン-フォード 65 +45.97 14 4
4 12
クリス・エイモン
マーチ-フォード 65 +47.05 5 3
5 6
ジャン=ピエール・ベルトワーズ
マトラ 65 +50.11 6 2
6 19
ペドロ・ロドリゲス
BRM 65 +1:24.76 7 1
7 20
ジャッキー・オリバー
BRM 64 +1 Lap 13
8 17
ジョン・サーティース
サーティース-フォード 64 +1 Lap 15
9 7
アンリ・ペスカロロ
マトラ 61 +4 Laps 11
NC 23
レイネ・ウィセル
ロータス-フォード 56 規定周回数不足 12
Ret 15
ジャック・ブラバム
ブラバム-フォード 52 エンジン 4
Ret 1
ジャッキー・スチュワート
ティレル-フォード 33 サスペンション 2
Ret 9
ピーター・ゲシン
マクラーレン-フォード 27 エンジン 10
Ret 16
ロルフ・シュトメレン
ブラバム-フォード 15 燃料システム 17
Ret 2
フランソワ・セベール
マーチ-フォード 8 エンジン 9
Ret 14
グラハム・ヒル
ロータス-フォード 4 オーバーヒート 8
Ret 11
ジョー・シフェール
マーチ-フォード 3 エンジン 16
Ret 24
エマーソン・フィッティパルディ
ロータス-フォード 1 エンジン 18
ソース:[13]
優勝者ジャッキー・イクスの平均速度[14]
171.848 km/h (106.781 mph)
ファステストラップ[3]
ラップリーダー[15]
太字は最多ラップリーダー

ランキング

  • : トップ5のみ表示。前半7戦のうちベスト6戦及び後半6戦のうちベスト5戦がカウントされる。ポイントは有効ポイント、括弧内は総獲得ポイント。

脚注

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注釈

  1. ^ 厳密には180度V12エンジンである。

出典

  1. ^ a b c d Mexico 1970”. STATS F1. 2020年1月14日閲覧。
  2. ^ (林信次 1995, p. 133)
  3. ^ a b Mexico 1970 - Best laps”. STATS F1. 2020年1月16日閲覧。
  4. ^ a b c d Mexican GP, 1970”. grandprix.com. 2020年1月14日閲覧。
  5. ^ Mexico 1970 - Race entrants”. STATS F1. 2020年1月17日閲覧。
  6. ^ Mexico 1970 - Qualifications”. STATS F1. 2020年1月17日閲覧。
  7. ^ Mexico 1970 - Starting grid”. STATS F1. 2020年1月17日閲覧。
  8. ^ (林信次 1995, p. 106)
  9. ^ (林信次 1995, p. 102)
  10. ^ a b (アラン・ヘンリー 1989, p. 260)
  11. ^ a b (林信次 1995, p. 107)
  12. ^ (林信次 1995, p. 120)
  13. ^ 1970 Mexican Grand Prix”. formula1.com. 2013年10月29日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年12月22日閲覧。
  14. ^ Mexico 1970 - Result”. STATS F1. 2020年1月16日閲覧。
  15. ^ Mexico 1970 - Laps led”. STATS F1. 2020年1月16日閲覧。
  16. ^ a b Mexico 1970 - Championship”. STATS F1. 2019年3月19日閲覧。

参照文献

  • Wikipedia英語版 - en:1970 Mexican Grand Prix(2019年3月19日 14:40:17(UTC))
  • 林信次『F1全史 1966-1970 [3リッターF1の開幕/ホンダ挑戦期の終わり]』ニューズ出版、1995年。ISBN 4-938495-06-6
  • アラン・ヘンリー『チーム・フェラーリの全て』早川麻百合+島江政弘(訳)、CBS・ソニー出版、1989年12月。ISBN 4-7897-0491-2

外部リンク

前戦
1970年アメリカグランプリ
FIA F1世界選手権
1970年シーズン
前回開催
1969年メキシコグランプリ
メキシコグランプリ
次回開催
1986年メキシコグランプリ
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1970年メキシコグランプリ
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