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アジアの片隅で

吉田拓郎のアルバム ウィキペディアから

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アジアの片隅で』(アジアのかたすみで)は、吉田拓郎の11枚目のスタジオアルバム1980年11月5日フォーライフから発売された。

概要 『アジアの片隅で』, 吉田拓郎 の スタジオ・アルバム ...

制作

岡本おさみが作詞を、青山徹が編曲を手がけた作品が主になっていることもあり、前作の『Shangri-La』から一変して、硬派な印象を持つアルバムとなった。

このアルバム以降、作詞:岡本おさみ・作曲:吉田拓郎コンビで複数の楽曲を発表するのは、1996年のアルバム『感度良好 波高し』まで途切れている[注釈 1]

収録曲

A面

  1. まるで孤児のように
  2. いつも見ていたヒロシマ
  3. 古いメロディー
    編曲:吉田拓郎
    • 1979年末に「古い歌はもう歌わない」と宣言したが、この楽曲で前言撤回したような歌詞となっている。実際に、当アルバム発売前後に行われているツアーでは1970年代の曲が歌われるようになっている。
  4. アジアの片隅で
    編曲:松任谷正隆
    • 1980年に行われた日本武道館でのライブ録音が収録されている。この曲はライブ録音以外のバージョンは存在しない。
    • 12分を超える大作で、拓郎作品のなかで最重量級といえるもの[2][3]。拓郎は当時、芸能誌のインタビューで、当時、ニューミュージックが「軟弱」とか「クラい」などと世間から叩かれていたことに腹を立て、「男が軟弱になっちまってるコトにイライラする。今のニューミュージックっていわれてる連中のコンサートだって、聴きに来てるのは圧倒的に女だろ。男はどこへ行っちまったんだ。そうしちまったのは、ミュージシャン側にももちろん責任はある。今のニューミュージックといわれる連中の歌の世界には、"ボク"と"アナタ"しか出て来ない。"オメエラ"の世界がないんだよ。それは主張、つまり主義=イズムが歌う側にないからだろ。イズムのない歌は演歌だよ。特に男の歌手が何で女言葉で歌うんだ?それは昔の演歌だよ。オレは聴いてられない。ニューミュージックなんて名前が泣くよ。別に男だ女だとこだわるつもりはない。今はもう男も女も一緒よ。男が女性化してるんだ。だから"やさしさ"しかウケないんだな。結局、快いやさしい声や音楽しか求めちゃいないんだ。歌には詩がある、なんてことをまるで考えちゃいないんだよ。オレは叫ぶ。それがオレの"歌"だからね」等と捲し立てており[4]、「女まがいの唄」があふれる時代に、拓郎は政治腐敗、戦争、経済優先、人間疎外、倫理崩壊、権利主張などに対する苛立ちを、レゲエの重たいリズムに乗せて畳みかけるように叫んだ[2][3]
    • 1987年12月30日放送の音楽番組『夜のヒットスタジオDELUXE』(フジテレビ系)で、THE ALFEEをコーラスに従えて披露した[5]。曲の途中、飛び入りでかまやつひろしも参加した。

B面

  1. 二十才のワルツ
    作詞:吉田拓郎、編曲:青山徹・大村雅朗、ストリングスアレンジ:大村雅朗
  2. いくつもの朝がまた
  3. ひとつまえ
    作詞:吉田拓郎
  4. 元気です
    作詞:吉田拓郎、編曲:青山徹・大村雅朗、ストリングスアレンジ:大村雅朗
  5. この歌をある人に
    作詞:松本隆、編曲:徳武弘文
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参加ミュージシャン

アジアの片隅で

発売履歴

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脚注

外部リンク

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