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ウクライナ国立美術館
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ウクライナ国立美術館(ウクライナこくりつびじゅつかん、英語: National Art Museum of Ukraine, ウクライナ語: Національний Художній Музей України, 略称:NAMU[1])は、ウクライナの首都キーウのペチェルシク地区にある、ウクライナの芸術を専門とする美術館である。12世紀から現代までの絵画、彫刻、イコン、グラフィックを約4万点収蔵し、ウクライナ最大かつ最古の美術館の一つとして知られる[2]。
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歴史

ウクライナ国立美術館は、ロシア帝国時代にキエフ初の公開美術館として設立された。1897年、キエフ古美術・芸術協会が「科学と芸術の振興」を目的に設立準備を開始。1899年8月1日、ヴィケンティ・フヴォイカの考古学コレクション展示を機に、キエフ市立古代博物館として仮開館した[3]。公式開館は1904年12月23日で、ニコライ2世の名を冠したキエフ芸術・工業・科学博物館として開業した[4]。初代館長は考古学者のミコラ・ビリャシフスキー。
設立と資金
美術館の設立には、テレシチェンコ家やボフダン・ハネンコらが大きく貢献した。建設費24万9000ルーブル(当時)のうち、ロシア帝国政府が10万ルーブル、テレシチェンコ家が10万8000ルーブルを負担。ハネンコは3145点の考古学コレクション(評価額7万ルーブル)を寄贈し、初期コレクションの基盤を築いた[2]。
ソビエト時代
1918年、ウクライナ人民共和国の教育省に管理が移り、国立博物館に改称。1919年6月23日、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国の法令で第一国立博物館となり、個人や団体のコレクションが国有化され収蔵品が拡大した[3]。1924年に全ウクライナ歴史博物館 タラス・シェフチェンコ記念館と改名。1934年、歴史・考古学コレクションが分離され、現在のウクライナ国立歴史博物館が設立。芸術コレクションはキーウに残り、1953年にウクライナ国立美術館と改称された[5]。
独立後
ウクライナの独立後、美術館は国際的な評価を獲得。コレクションはオランダ、カナダ、フランス、デンマーク、クロアチア、日本で巡回展示された。日本では、2008年に「ウクライナの至宝-スキタイ黄金美術の煌めき」展が大阪歴史博物館、山梨県立博物館、広島県立美術館で開催[6][7][8]。2014年には、ヴィクトル・ヤヌコーヴィチ前大統領の自宅から回収された作品が展示された[9]。
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本館建築
美術館は、新古典主義建築の建物に位置し、1899年にヴワディスワフ・ホロデッキーが建設を監督した。設計はモスクワの建築家ペトル・ボイツォフによるもので、ホロデツキーが実施工事を担当。ドーリア式の6本の柱、トリグリフ、メトープ、芸術の勝利を描くフリーズが特徴。入口にはグリフォンとコンクリート製のライオン像(エリオ・サラ作)が配置される[2]。建物は国家指定文化財の申請中である。
- 大きなコンクリート製のライオン像(エリオ・サラ作)
- キエフ市立博物館(1900年頃、絵葉書)
- キエフ市立博物館(1911年、ボイツォフ設計)
現在の収蔵作品
美術館のコレクションは約4万点で、キエフ・ルーシ時代(12世紀)から現代までのウクライナ芸術を網羅する。特にイコン、コサック時代の肖像画、19世紀の絵画、20世紀のアヴァンギャルド、現代美術が充実している[10]。
イコン(12世紀 - 19世紀)
12世紀の聖ゲオルギオスや生神女マリヤ、16世紀の「イエスの受難」など、ウクライナのイコンは国内随一のコレクション。ガリツィアやヴォルィーニの作品も含まれる。
肖像画とコサック美術
コサック・ママーイの民俗画や、18世紀の軍人・聖職者の肖像画(例:セミョン・スリマ)が特徴。タラス・シェフチェンコの素描も収蔵。
19世紀 - 20世紀初頭の絵画
- オレクサンドル・ムラシュコ:『少女の赤い帽子』(1903年)、『聖母告知』(1909年)。
- ムィコーラ・プィモネーンコ:『収穫者』(1889年)、『井戸端のライバル』(1909年)。
- フェディール・クリチェフスキー:『人生』三部作(1927年)、『母』(1929年)。
- フセヴォロド・マクシモヴィチ:『自画像』(1913年)、『キス』(1913年)。
アヴァンギャルドと現代美術
カジミール・マレーヴィチ、アレクサンドラ・エクステル、アレクサンダー・ボゴマゾフ、ダヴィド・ブルリュークらのロシア構成主義や立体未来主義の作品。社会主義リアリズムやアンダーグラウンド、20世紀末 - 21世紀初頭の現代美術も収蔵[11]。
ギャラリー
- 聖ゲオルギオスとその生涯(マリウポリ、12世紀)
- 生神女マリヤ(12 - 13世紀)
- イエスの受難(ガリツィア、16世紀)
- アレクサンドラ・エクステル『三人の女性』(1910年)
- セルヒーイ・ヴァスィリキーウシクィイ『コサックの草原』(1900年代)
- オレクサンドル・ムラシュコ『少女の赤い帽子』(1903年)
- ムィコーラ・プィモネーンコ『収穫者』(1889年)
- フェディール・クリチェフスキー『白い毛皮の自画像』(1913年)
- フセヴォロド・マクシモヴィチ『キス』(1913年)
出版物
美術館はウクライナ芸術の研究と普及を目的に、多数の出版物を発行している:
- 2003年:『ウクライナ国立美術館』(アルバム、Artanía Nova)
- 2004年:『19世紀 - 20世紀初頭のウクライナ絵画』、『12世紀 - 19世紀初頭のウクライナイコン』、『セルヒーイ・ヴァスィリキーウシクィイ』
- 2005年:『オレクサンドル・ムラシュコ』(モノグラフ)
- 2006年:『20世紀 - 21世紀初頭のウクライナ絵画』、『17 - 18世紀のウクライナ肖像画』、『ムィコーラ・ピモネンコとヴォロディミール・オルロフスキー』、『セルゲイ・スヴェトスラフスキー』、『ウクライナのモダニズム』[2]。
主要人物
- ボフダン・ハネンコ:考古学コレクションの主要寄贈者。
- ミコラ・ビリャシフスキー:初代館長(1904年 - )。
- ミハイロ・デレフス:画家、長期館長。
- アナトリー・メルニク:館長(2000年 - 2012年)。
- ユリヤ・リトヴィネツ:館長(2016年 - 現在)[2]。
脚注
参考文献
外部リンク
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