エルゴード理論は確率論にもとづいた力学系の一つの分野である。
物理のみならず数論など数学の他分野への応用も多い。
上記のエルゴード仮説との直接の関係は薄い。[疑問点 – ノート]
重要な概念
エルゴード理論での基本的な事柄を説明する。
主に離散力学系を扱うが、連続力学系についても同様のことを考えることが出来る。
可測力学系
確率空間
を考える。即ち、X をある集合、
を X 上の完全加法族、そしてμを確率測度とする。
さらに
を
-可測な写像とする。
全ての
に対して
を満たすとき、μは(T-)不変測度であるという。
このとき、
を可測力学系と呼ぶ。
ここでの興味の対象は、任意の始点
からの軌道
の振舞いである。
エルゴード性
T-不変な
の部分集合を
とする。
ある可測力学系
が以下の同値な条件の一つを満たすときエルゴード的であるという。
- 任意の
に対して、
または
が成り立つ。
- 任意の
を満たす
に対して、
または
が成り立つ。
- 任意の
を満たす
に対して、ある
があり、
が成り立つ。
- 任意の
に対して、
が成り立つならば、
は(
の意味で)定数関数である。
- 任意の
に対して
が成り立つ。
1.は、測度論の視点から見れば空間 X の自明でないT-不変な部分空間を持たないということを意味している。
3.で
の場合はポアンカレの回帰定理である。
5.は混合性と呼ばれる性質の一つである。
このような力学系をエルゴード的と呼ぶ結縁は各種エルゴード定理にある。
エルゴード性は重要な概念であるが、エルゴード理論で扱う力学系はエルゴード的な物に限られるわけではない。
混合性
エルゴード性より強力な性質としては以下のものがある。
任意の
に対して
が成り立つとき、
は弱混合的であるという。
また、任意の
に対して
が成り立つとき、
は強混合的であるという。
例
以下に可測力学系の例を示す。
を
上のボレル集合族、
を
上のルベーグ測度とする。さらに
に対して、写像
を
と定義する。このとき可測力学系
は
のときに限ってエルゴード的である。
に対して写像
を
と定義する。このとき可測力学系
はエルゴード的である。
- パイこね変換(Baker's map)
- 猫マップ(Arnold's cat map)
連分数への応用
写像
を
を
の小数部分に写す写像とする。
つまり

と定義する。この写像は連分数変換やGauss写像と呼ばれることがある。ここで
は床関数である。
このとき
を
と定めると、これは
と
の連分数表現を与える。
つまり任意の
は

と表される。
さらに、
上のボレル確率測度
を

と定義する。これはガウス測度と呼ばれることがある。
この
は
-不変であるので
は可測力学系となっている。
この力学系はエルゴード的であることも知られている。