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エージェントベースモデル

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エージェントベースモデル(Agent-based model、 ABM)は、システムの挙動とその結果を支配する要因を理解するために、自律的なエージェント(個体または集合体)の振る舞いと相互作用をシミュレートする計算モデルである。生態学分野では個体ベースモデル(Individual-based model, IBM)とも呼ばれる[1]

ゲーム理論複雑系創発現象計算社会科学マルチエージェントシステム進化的プログラミングの要素を組み合わせ、モンテカルロ法を用いてモデルの確率性を理解する。エージェントベースモデルは生物学、生態学、社会科学を含む多くの科学領域で利用されている。エージェントベースモデリングは、マルチエージェントシステムの概念と関連しつつも、それとは区別される。その理由は、マルチエージェントシステムの目的がエージェントの設計や特定の実用・工学的問題の解決にあるのに対し、エージェントベースモデルの目的は、通常、自然システムにおいて単純な規則に従うエージェントの集合的行動に対する説明的洞察を探求することにあるからである[2]

エージェントベースモデルは、複数のエージェントが同時に活動し、相互作用する状況をシミュレートすることによって、複雑な現象を再現・予測することを目指す微視的モデルである[3]。ここで扱うプロセスは、システムの下位レベル(ミクロ)から上位レベル(マクロ)への創発現象の1つである。言い換えると、高次システムの特性は低次サブシステムの相互作用から創発する。または、巨視的状態変化は微視的エージェントの行動から生じる。

個々のエージェントは通常、限定合理性を持つと特徴付けられ、繁殖、経済的利益、社会的地位など、自身が認識する利益のために行動すると仮定される[4]。その際、ヒューリスティック(経験則)や単純な意思決定ルールを用いる。エージェントは学習、適応、繁殖を経験し得る[5]

一般的なエージェントベースモデルは、以下により構成される:

  1. 様々なスケールで特定された多数のエージェント(エージェントの粒度)
  2. ヒューリスティックな意思決定
  3. 学習ルールまたは適応プロセス
  4. 相互作用のトポロジー
  5. エージェント以外の環境。
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歴史

要約
視点

1940年代ー1960年代:源流

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フォン・ノイマンの自己複製ユニバーサルコンストラクタの最初の実装[6]

エージェントベースモデルの源流は、ジョン・フォン・ノイマンユニバーサルコンストラクタ英語版にまで遡ることができる。フォン・ノイマンが考案したこのモデルは、詳細に記述された指示に従って自分自身をコピーすることができた。このコンセプトは、フォン・ノイマンの友人である数学者スタニスワフ・ウラムによって改良された。ウラムは、自己増殖オートマトンを、グリッドの上のセルの集合体として紙上に構築することを提案した。このアイデアに触発されたフォン・ノイマンは、のちにセル・オートマトンと呼ばれることになるモデルを考案した。

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コンウェイのライフゲーム

数学者のジョン・ホートン・コンウェイは、ライフゲームを考案した[7]。コンウェイのライフゲームは、フォン・ノイマンの自己増殖オートマトンと異なり、2次元のチェッカーボードの形をした仮想世界において極めて単純なルールに従って動作する。

1970年代ー1980年代:初期のモデル

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シェリングの分居モデルのシミュレーション

エージェントベースモデルの最も初期の一つは、トーマス・シェリングの1971年の論文"Dynamic Models of Segregation"で論じられた分居モデル(Segregation model)である[8]。シェリングが使ったのはコンピュータではなくコインとグラフ用紙であった。しかし、彼のモデルは、自律的なエージェントが共有環境で相互作用し、観察可能な集合的・創発的な結果をもたらすという、エージェントベースモデルの基本概念を実現していた。

1970年代後半、Paulien HogewegとBruce Hesperは生態学の個体モデルを用いた実験を始めた。彼女らの初期の成果の一つは、マルハナバチのコロニーの社会構造が、個々の蜂の行動を支配する単純なルールの結果として生じると示したことである[9]。彼女らが導入した「ToDo原理」は、エージェントが任意の時点でやるべきこと(ToDo)を行う方法を指す。

1980年代前半、ロバート・アクセルロッド囚人のジレンマ戦略のトーナメントを構築した。その中ではエージェントベースの手法で相互作用させ、勝者を決定した。アクセルロッドは他にも政治科学の分野で、エスノセントリズムから文化伝播までの現象を説明する、多くのエージェントベースモデルを考案した[10]

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群れ挙動モデル

1980年代後半、クレイグ・レイノルズ英語版が群れ行動をモデル化したボイドは、社会性を取り入れた初期の生物エージェントベースモデルの発展に寄与した。レイノルズは、クリストファー・ラングトンが「人工生命」と名付けた、生物エージェントがもつリアリティをモデル化しようとした。

「エージェント(agent)」という用語を最初に用い、現在使われるような意味で定義したのは誰がいつどこでなのか辿ることは難しい。候補の一つは、ジョン・H・ホランドとJohn H Millerの1991年の論文"Artificial Adaptive Agents in Economic Theory"である[11]。この論文は彼らの以前の学会発表を元にしたものである。より有力で時期的にも早い候補はアレン・ニューウェルであり、彼はアメリカ人工知能学会初代会長講演(のちに"The knowledge level"という題で1982年に出版)において、知的エージェントを概念として論じている[12]

1990年代:発展

1990年代は社会科学分野におけるエージェントベースモデルの拡大が特に顕著であった。注目すべき取り組みの一つが Joshua M. EpsteinRobert Axtellによって開発された大規模エージェントベースモデル「シュガースケープ英語版」である。これは季節的な移動、汚染、有性生殖、戦闘、疾病の蔓延、さらには文化伝播といった社会現象をシミュレートし研究するために構築された[13]。1990年代のその他の注目すべき進展には、カーネギーメロン大学Kathleen Carleyによるエージェントベースモデルがあり、これは社会的ネットワークと文化の共進化を探求するものであった[14]

サンタフェ研究所は、クリストファー・ラングトンの主導のもと、エージェントベースモデリングプラットフォーム「Swarm英語版」の開発に重要な役割を果たした。サンタフェ研究所で行われた研究により、エージェントベースモデルは小規模な人間社会や霊長類の社会的・空間的ダイナミクスの研究を含む、数多くの分野へ拡大された[15]

Nigel GilbertKlaus G Troitzschは、社会シミュレーションに関する初の教科書『Simulation for the social scientist(社会シミュレーションの技法)』(1999年)を出版し[16]、学術誌『Journal of Artificial Societies and Social Simulation』を創刊した。エージェントベースモデルを対象とする学術誌は他にもSpringerOpen誌『Complex Adaptive Systems Modeling』がある[17]

1990年代半ば、エージェントベースモデルは、社会科学分野において、効果的なチームの設計、組織の効果性に必要なコミュニケーションの理解、ソーシャルネットワークの行動といった課題に用いられ始めた。この分野においてSamuelson (2000)は初期の歴史を簡潔に概説した文献である[18]。またSamuelson (2005)およびSamuelson and Macal (2006)は、その後の発展を扱っている[19][20]

2000年代-2010年代

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第1回社会シミュレーション国際会議の看板を指差すNigel Gilbert

2003年、アジア、欧州、北米においてエージェントベースモデル研究に関する組織が発足した[21]

  • Pan-Asian Association for Agent-based Approach in Social Systems Sciences(PAAA)[22](アジア地域)
  • European Social Simulation Association, ESSA[23](欧州)
  • North American Association for Computational Social and Organizational Science, NAACSOS(北米)

2006年8月、京都大学において第1回社会シミュレーション国際会議が開催され、2008年7月にジョージ・メイソン大学にて第2回国際会議が開催された[24]

1991年以降、カリフォルニア大学ロサンゼルス校は、カリフォルニア州レイクアローヘッド英語版シンポジウムを開催しており、もう一つの主要な集いの場となっている[25]

Ron Sunは、人間の認知モデルに基づくエージェントベース手法を開発した。これは「認知社会シミュレーション(cognitive social simulation)」として知られる[26]

2020年代-

大規模言語モデルの隆盛にともない、研究者らは相互作用する言語モデルをエージェントベースモデリングに応用するようになった。ある論文では、エージェント型言語モデルがサンドボックス環境で相互作用し、誕生日パーティーの計画や選挙の実施といった活動を行う[27]

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理論

要約
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ほとんどの計算モデリング研究は、均衡状態にある系、あるいは複数の均衡状態間を遷移する系を記述する。対して、エージェントベースモデリングは、単純なルールを用いて、複雑で多様な興味深い行動をも生み出すことができる。エージェントベースモデルの中核をなす3つの概念は、対象としてのエージェント、創発性、そして複雑性である。

エージェントベースモデルは、ルールに従って動的に相互作用を行うエージェントたちから構成される。それらが相互作用するシステムは、現実世界のような複雑性を生み出すことができる。典型的には、エージェントは時空間の中に位置づけられ、ネットワークやグリット状の領域に存在する。エージェントの位置と応答行動は、コンピュータプログラム内でアルゴリズム形式でコード化される。常にではないが、場合によってはエージェントは知性的で目的を持つものとみなされることもある。例えば、ある生態学的エージェントベースモデル(生態学ではしばしば「個体ベースモデル」と呼ばれる)では、エージェントは森林内の樹木であり、資源(水など)へのアクセスを最適化する意味では「目的を持つ」ものの、知性を持つとは見なされない。モデリングのプロセスは帰納的と表現するのが最も適切である。モデル設計者は当該状況に最も合うと考えられる仮定を設定し、エージェント間の相互作用から現象が創出される様子を観察する。その結果が均衡状態となる場合もあれば、創発的パターンとなる場合もある。しかし時には、理解不能な混乱状態となることもある。

いくつかの点で、エージェントベースモデルは、従来の解析的手法を補完する。解析的手法がシステムの均衡状態を特徴づけることを可能にするのに対し、エージェントベースモデルはそれらの均衡状態を生成する可能性を提供する。この生成的な機能こそが、エージェントベースモデリングの潜在的な利点の中で最も主要なものかもしれない。エージェントベースモデルは、高次パターンの出現を説明できる。例えばテロ組織インターネットのネットワーク構造、交通渋滞・戦争・株価暴落に見られるべき乗則分布、寛容な人々がいるにもかかわらず持続する社会的分断などである。またエージェントベースモデルは、介入が極端な結果をもたらす瞬間である「レバーポイント」の特定や、経路依存性のタイプを区別するためにも用いることができる。

エージェントベースモデルは、安定した状態に焦点を当てるよりも、システムの頑健性、すなわち複雑なシステムが機能性を維持するために内部および外部の圧力に適応する方法を重視する。複雑性を活用するためには、エージェントそのもの、すなわちエージェントの多様性、ネットワーク、相互作用のレベルを考慮することを必要とする。

フレームワーク

複雑適応システムのモデリングとシミュレーションに関する最近の研究は、エージェントベースモデルと複雑ネットワークベースモデルの統合の必要性を示している[28][29][30]。複数の学際的ケーススタディを用いて説明される、複雑適応システムモデル開発の4レベルからなるフレームワークを以下に示す:

  1. 複雑ネットワークモデリングレベル:様々なシステム構成要素の相互作用データを用いたモデル開発。
  2. 探索的エージェントベースモデリングレベル:さらなる探索の実現可能性を評価するためのエージェントベースモデル開発。
  3. 記述的エージェントベースモデリング(DREAM):テンプレートと複雑ネットワークベースモデルを用いてエージェントベースモデルを開発する。DREAMモデルの構築により、科学分野を超えたモデル比較が可能となる。
  4. 検証済みエージェントベースモデリング(VOMAS) を用いた、形式的な手法による検証済み・妥当性確認済みモデルの開発。

エージェントベースモデルを記述する他の方法には、コードテンプレート[31]や、ODD(概要、設計概念、設計詳細)プロトコルなどのテキストベース手法が含まれる[32]

エージェントが存在する環境の役割、すなわちマクロ環境とミクロ環境の両方も、エージェントベースモデリングおよびシミュレーション研究において重要な要素となりつつある[33]。単純な環境は単純なエージェントを生み出すが、複雑な環境は行動の多様性を生み出す[34]

マルチスケールモデリング

エージェントベースモデリングの強みのひとつは、スケール間の情報流通を仲介できる点である。エージェントに関する追加情報が必要な場合、研究者はその詳細を記述したモデルと統合できる。エージェント集団が示す創発的挙動に関心がある場合、集団動態を記述する連続体モデルとエージェントベースモデルを組み合わせることができる。例えば、CD4+ T細胞(適応免疫系の主要な細胞タイプ)に関する研究では、研究者らは異なる空間的(細胞内、細胞、全身)、時間的、組織的スケール(シグナル伝達、遺伝子調節、代謝、細胞行動、サイトカイン輸送)で発生する生物学的現象をモデル化した[35]。その結果得られたモジュラーモデルでは、シグナル伝達と遺伝子調節は論理モデルで、代謝は制約ベースモデルで、細胞集団の動態はエージェントベースモデルで、全身のサイトカイン濃度は常微分方程式で記述されている。このマルチスケールモデルでは、エージェントベースモデルが中心的な位置を占め、スケール間のあらゆる情報フローを調整している。

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応用

要約
視点

生態学

エージェントベースモデリングを用いた以下のような研究例がある。

薬学分野においては、薬剤開発支援や先験的に不可能な生物学的システムへの洞察獲得を目的とした初期段階・前臨床研究における薬理学的システムモデリングへの応用も増加している[56]

さらに2010年以降では分子レベルの生物学的システム研究にも導入されている[57][58][59] 。エージェントベースモデルは、恐竜環境などの古代システムにおける生態学的プロセスを記述するためにも利用されている[60][61][62]

軍事学

軍事用途についても評価やシミュレーションが行われている[63]

疫学

エージェントベースモデルは、従来の区画モデルを補完する存在となっている。予測の精度に関しては、エージェントベースモデルが区画モデルよりも優れていることが示されている[64][65]

疫学者ニール・ファーガソンが作成したCovidSimなどのエージェントベースモデルは、SARS-CoV-2の拡散に対する公衆衛生的介入の情報を提供するために用いられた[66]。疫学的なエージェントベースモデルは、単純化され、非現実的な仮定に基づいているという批判もある[67][68]。それでも、エージェントベースモデルが正確に調整されている場合、制限の緩和や抑制に関する意思決定の参考として有用である[69]。このようなシミュレーションのためのエージェントベースモデルは、実際の集団のデータが常に利用可能とは限らないため、ほとんどの場合、合成人口データに基づいている[70]

さらに見る プログラム名, 年 ...

ビジネス・テクノロジー・ネットワーク理論

エージェントベースモデルは1990年代半ばから、様々なビジネスやテクノロジーの問題解決に用いられてきた。例としては、マーケティング[78]、組織行動と認知[79]チームワーク[80][81]サプライチェーン最適化とロジスティクス口コミソーシャルネットワーク効果を含む消費者行動のモデリング、分散コンピューティング労働力管理、ポートフォリオ管理などが挙げられる。また交通渋滞の分析にも活用されている[82]

2010年以降、エージェントベースモデリングとシミュレーションが様々な分野に応用されている。例えば、コンピュータサイエンス分野における研究者の発表媒体(学術誌対学会)の影響力研究[83]や、生活支援環境における情報伝達のシミュレーション[84]などである。2016年11月のarXiv掲載論文では、Facebook上の投稿拡散をエージェントベースシミュレーションで分析した[85]ピアツーピア、アドホック、その他の自己組織化・複雑ネットワークの分野においても、エージェントベースモデリングとシミュレーションの有用性が示されている[86]。コンピュータサイエンスに基づく形式仕様フレームワークと無線センサネットワーク、エージェントベースシミュレーションを組み合わせた応用が最近実証された[87]

エージェントベース進化探索(Agent based evolutionary search)は、複雑な最適化問題解決のための新たな研究テーマである[88]

チームサイエンス

チームサイエンスの分野では、エージェントベースモデリングが様々な環境下におけるチームメンバーの特性やバイアスがチームパフォーマンスに及ぼす影響を評価するために活用されてきた[89]。個々のチームメンバーをそれぞれ異なる特性やバイアスを持つエージェントとして表現し、それらの相互作用をシミュレートすることで、これらの要因が集合的にチームパフォーマンスのダイナミクスと成果にどのように影響するかを調べられる。その結果、エージェントベースモデリングは、チームサイエンスに対する理解を提供し、チームベースの共同作業に内在する機微と変動性をより深く知ることが可能になる。

経済学

2007-2010年の金融危機を経て、経済分析のツールとしてエージェントベースモデルへの関心が高まった[90][91]。エージェントベースモデルは経済が均衡を達成できるとは仮定せず、「代表的個人」は、群集行動を含む多様で動的かつ相互依存的な行動を行うエージェントに置き換えられる。エージェントベースモデルは「ボトムアップ」アプローチを採用し、極めて複雑で変動性の高いシミュレーション経済を生成できる。エージェントベースモデルは、比例的に小さな変化に対する非線形(不均衡な)反応から生じる暴落や急騰を伴う不安定なシステムを表現できる[92]。『エコノミスト』誌は2010年7月の記事で、エージェントベースモデルを確率的動学一般均衡(dynamic stochastic general equilibrium, DSGE)モデルの代替案として検討した[92]。ネイチャー誌も社説で、エージェントベースモデルが標準モデルよりも金融市場やその他の経済的複雑性を表現するのに優れていると示唆し[93]J. Doyne FarmerとDuncan Foleyの論考と共に、エージェントベースモデルが複雑な経済を表現したいというケインズの願望と、ミクロ基礎に基づくモデル構築を望んだロバート・ルーカスの両方の要求を満たし得ると主張した[94]。FarmerとFoleyは、経済の一部をモデル化するためのエージェントベースモデルの進展を示しつつも、低次モデルを統合した非常に大規模なモデルの構築を提唱した[95] 。StfanとAtmanは、模倣型、反模倣型、無関心型の3つの異なる行動プロファイルに基づく複雑なアナリストシステムをモデル化することで、金融市場を高い精度でシミュレーションした。その結果、ネットワーク形態と株価指数との間に相関関係が示された[96] 。しかし、エージェントベースモデルアプローチはモデル間の頑健性に欠ける点で批判されており、類似したモデルでも全く異なる結果を生む可能性がある[97][98]

社会科学

エージェントベースモデルは建築学や都市計画において、設計評価や都市環境における歩行者流のシミュレーション[99]、土地利用への公共政策適用に関する検証に導入されている[100] 。さらに、社会経済ネットワークへの体系的影響を識別するABMの能力を活用した、インフラ投資影響の社会経済分析という新興分野も存在する[101] 。エージェントベースモデルでは、資産格差や社会流動性に対処するため、異質性と動的要素をモデルに容易に組み込むことが可能である[102]

エージェントベースモデルはまた、国際関係分野における外交官向けの応用教育ツール[103]として、また国内外の政策立案者が公共政策の評価を強化するための手段として提案されている[104]

水資源管理

エージェントベースモデルは水資源計画・管理分野でも応用されており、特にインフラ設計や政策決定のパフォーマンスの探索・シミュレーション・予測[105]、大規模水資源システムにおける協力と情報交換の価値評価[106]に活用されている。

自動運転

エージェントベースモデリングを用いた自動運転車の理解という基本概念は、早くも2003年に議論されていた[107]

Hallerbachらは、試験対象車両のデジタルツインと独立したエージェントに基づく微視的交通シミュレーションを介した自動運転システムの開発・検証へのエージェントベース手法の適用について論じた[108]Waymo自動運転車のアルゴリズムをテストするため、マルチエージェントシミュレーション環境「Carcraft」を開発した[109][110]。これは人間のドライバー、歩行者、自動運転車両間の交通相互作用をシミュレートする。人間の行動は、実際の人間の行動データに基づいて人工エージェントによって模倣される。

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実装

多くのエージェントベースモデルフレームワークはノイマン型コンピュータアーキテクチャ向けに設計されており、実装モデルの速度とスケーラビリティを制限している。大規模エージェントベースモデルにおける創発的挙動は個体群サイズに依存するため[111]、スケーラビリティの制約はモデル検証を妨げる可能性がある[112]。このような制限は主に分散コンピューティングによって対処されており、Repast HPC[113]などのフレームワークが特にこの種の実装に特化している。こうした手法はクラスタースーパーコンピュータアーキテクチャへの適応性は高いものの、通信と同期に関する課題[114][115]、および導入の複雑さ[116]が、普及の潜在的な障壁として残っている。

2010年代以降の進展として、エージェントベースモデルシミュレーションにGPUを用いたデータ並列アルゴリズムが利用されている[111][117][118]。マルチプロセッサGPUの膨大な演算能力と極めて高いメモリ帯域幅を組み合わせることで、毎秒数十フレームで数百万のエージェントをシミュレートすることが可能となった。

他のモデリング形式との統合

エージェントベースモデリングは、特定のソフトウェアやプラットフォームというよりモデリングの手法であるため、他のモデリング手法と組み合わせて使用されることが多い。例えば、地理情報システム(GIS)と組み合わせるケースがある。この組み合わせでは、エージェントベースモデルがプロセスモデルとして機能し、GISシステムがパターンモデルを提供する[119]。同様に、ソーシャルネットワーク分析英語版ツールとエージェントベースモデルを統合する場合もある。この場合、エージェントベースモデルはネットワーク上のダイナミクスをシミュレートするために用いられ、ソーシャルネットワーク分析ツールは相互作用のネットワークをモデル化し分析する[120]GAMAのようなツールは、システムダイナミクスとGISをエージェントベースモデルと統合する自然な方法を提供する。

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エージェントベースモデルの検証と妥当性確認

シミュレーションモデルの検証と妥当性確認は極めて重要である[121] 。検証(Verification)とは、実装モデルが概念モデルと一致することを確認するプロセスであり、妥当性確認(Validation)は、実装モデルが現実世界との何らかの関連性を有することを保証するプロセスである。妥当性確認の中には、表面的な妥当性の確認、感度分析、キャリブレーション、統計的妥当性確認などがある[122]。エージェントベースシステムの検証に向けた離散事象シミュレーション英語版フレームワーク手法が提案されている[123]。エージェントベースモデルの実証的検証に関する包括的なリソースはLeigh Tesfatsionのサイトから入手可能である[124]

検証・妥当性確認(V&V)手法の一例として、ソフトウェア工学に基づくアプローチであるVOMAS(仮想オーバーレイマルチエージェントシステム)が挙げられる[125]。これはエージェントベースモデルと並行して仮想オーバーレイマルチエージェントシステムを開発する手法である。Muaziらは森林火災シミュレーションモデルの検証・妥当性確認にVOMASを用いた事例を提示している[126][127]。別のソフトウェア工学手法であるテスト駆動開発(TDD)も、エージェントベースモデルの検証に適用されている[128]。この手法には、ユニットテストツールを用いた検証自動化を可能にするという利点もある。

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関連項目

脚注

参考文献

外部リンク

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