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ジュリエッタ・マシーナ

イタリアの女優 (1921 - 1994) ウィキペディアから

ジュリエッタ・マシーナ
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ジュリエッタ・マシーナGiulietta Masina, 本名: Giulia Anna Masina, 1921年2月22日 - 1994年3月23日)は、イタリア女優ボローニャ出身。

概要 ジュリエッタ・マシーナ Giulietta Masina, 本名 ...

略歴

大学教授の娘で文学を学んでいたが演劇に転向、ローマ大学で学ぶ。大学卒業後の1943年、ラジオに出演していた時、そのラジオドラマの脚本を書いたフェデリコ・フェリーニと出会い、同年結婚[1]。1945年に誕生した生後1か月の息子を病気で亡くしている[1]

映画初出演はロベルト・ロッセリーニ監督作品の『戦火のかなた』。その後『』などのフェリーニ作品だけでなく幅広く活躍したが、やはりマシーナの魅力はフェリーニ作品、特に『道』の知的障害を抱えた女性大道芸人ジェルソミーナ[1]、『カビリアの夜』の娼婦カビリア[1]など人間、とくに弱い(立場の)愚かな女性の内面を見事なまでにスクリーンに表現しえた演技と個性(美人というわけではなく、プロポーションも良いといえない。小柄で丸く大きな目をした[1]、愛嬌のある顔立ち)にあった。

1957年の『カビリアの夜』でカンヌ国際映画祭 女優賞を受賞している[1]。1970年代以降は、時折テレビ映画に出演する以外に、長く映画の女優活動からは遠ざかっていたが[1]、1980年代に『ジンジャーとフレッド』で20年振りにマルチェロ・マストロヤンニと共演するなど[1]、達者な姿をスクリーンに見せてくれた。

フェリーニとは金婚式を迎えた同じ1993年に、フェリーニが病死するまで連れ添った(一時期別居していた事はあった)[1]。マシーナが肺癌で他界したのはフェリーニの死から5か月後のことだった[1]

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主な出演作品

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寄席の脚光』(1950年)
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』(1954年)

脚注

外部リンク

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