トップQs
タイムライン
チャット
視点

パルヌ

エストニア共和国の都市 ウィキペディアから

パルヌ
Remove ads

パルヌ(Pärnu)は、エストニアの都市。バルト海パルヌ湾沿いにある都市であり、エストニア屈指のリゾート地としても知られる。ピャルヌ、ペルヌとも表記される。人口は4万136人(2019年1月時点)[1]

Thumb
パルヌの位置
Thumb
パルヌの旗
Thumb
パルヌの紋章
Thumb
海岸の風景
パルヌのドローンビデオ 2022

地勢・産業

バルト海のパルヌ湾沿いに位置しており、街をパルヌ川が流れる。港湾都市としての機能を果たすほか、エストニア屈指の観光都市であり、国内のみでなくフィンランドなどからの観光客も訪れる。近隣の都市としては、約65キロメートル東のヴィリヤンディが挙げられる。約45キロメートル南がエストニア・ラトビア間の国境である。

歴史

13世紀、リヴォニア騎士団がこの地に拠点を築いた。バルト海と内陸を結ぶ交易路上に位置しており、14世紀半ばよりハンザ都市のひとつとして繁栄した。その支配国を幾度かかえたのち、18世紀の大北方戦争によってロシア帝国に征服され、1721年のニスタット条約でその領有が確認された。19世紀前半より、パルヌはリゾート地としての開発が進められた。第一次世界大戦後にエストニアの一部として独立を果たしたが、第二次世界大戦中にソ連によって併合された。東欧革命の過程でエストニアが再独立を果たし、パルヌも再びエストニア領となった。

姉妹都市

日本の旗 市川市日本

脚注

参考文献

外部リンク

Loading related searches...

Wikiwand - on

Seamless Wikipedia browsing. On steroids.

Remove ads