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マディーナ
サウジアラビアの都市 ウィキペディアから
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アル=マディーナ・アル=ムナウワラ(المدينة المنوّرة)または単にマディーナ(المدينة)は、アラビア半島の都市で、マッカ(メッカ)に次ぐイスラームの第2の聖地である。メディナともいう[1]。
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名称
なお、マディーナ(メディナ)は本来アラビア語で「町」を意味する普通名詞であり、北アフリカ(マグリブ)などでは「旧市街」の意味で用いられる。世界遺産のフェズのメディナ、同じく世界遺産のスースのメディナ、マラケシュのメディナなどが有名である。

概要
半島紅海側のヒジャーズ地方に位置する。現在はサウジアラビアのマディーナ州の州都で、人口は2022年時点で140万人ほどである。[2]
アラビア語で「預言者の町」を意味するマディーナ・アン=ナビー(madīnat an-nabī)の略。預言者ムハンマドの墓を有する預言者のモスクが町の中心にあり、マッカとあわせて「二聖都(アル・ハラマイン)」と称される。
歴史
マッカの北約500kmの地にあって、ムハンマドの時代以前は名前をヤスリブと言い、アラブ人の二部族とユダヤ教徒の数部族が住む町であった。622年、マッカで迫害を受けていたムハンマドは、ヤスリブの部族間の調停を依頼されたのを機にマッカを脱出し、ヤスリブに移住した(ヒジュラ)。ムハンマドは現在の預言者のモスクの場所に住居を置き、イスラム共同体(ウンマ)の建設とマッカとの戦いを指揮し、ここで亡くなった。こうしてイスラム教の聖地となったメディナは、第四代カリフのアリーがイラクのクーファに移るまで、初期のイスラム共同体の首都として機能した。また、この地にはイスラム教史上初のクバー・モスクもある。
かつて、イスラム教徒以外は市内への立ち入りが厳しく制限されていたが、2019年以降は異教徒でも入れるようになった。預言者のモスクやクバー・モスクなどの内部へは依然として入れないものの、建物のすぐ近くから見られるようになった。
特色
2006年6月、アブドラ国王主導でMedina Knowledge Economic Cityプロジェクトが立ち上げられた。
地理
マディーナ周辺の土壌は主に玄武岩でできている。
紅海から内陸150kmに位置し、海抜は620mである。
気候
要約
視点
典型的な砂漠気候であり、非常に降水量が少なく乾燥する。夏は非常に高温であり、最高気温は45℃、最低気温でも30℃以上になる日も多い。雨は秋から春を中心に降り、夏はほとんど見られない。
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経済
マディーナは周辺でナツメヤシが栽培されており、有名である。
交通
空港
鉄道
教育
- メディナ・イスラーム大学
- タイバ大学
スポーツ
関連項目
- マディーナで起きた代表的な戦い
脚注
外部リンク
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