トップQs
タイムライン
チャット
視点

ルキウス・マンリウス・ウルソ・ロングス

ウィキペディアから

Remove ads

ルキウス・マンリウス・ウルソ・ロングスラテン語: Lucius Manlius Vulso Longus, 生没年不詳、紀元前3世紀)は、共和政ローマの政治家、将軍。第一次ポエニ戦争に従軍した。

概要 ルキウス・マンリウス・ウルソ・ロングス L. Manlius A. f. P. n. Vulso Longus, 出生 ...

経歴

紀元前256年執政官に選出されたが、同僚執政官のクィントゥス・カエディキウスが任期中に死去し、補充執政官としてマルクス・アティリウス・レグルスが選出された[1]。彼らはカルタゴ海軍との小競り合いに勝利すると、ローマ海軍の増強に努め、330隻を率いてシチリア島のメッサナ(現メッシーナ)へ入港[2]。その後エクノムス岬の戦いでカルタゴ海軍350隻と戦い勝利した。

更に彼らはアフリカに上陸し、街を一つ攻略(アスピスの戦い)、レグルスはそのまま駐屯し、ウルソは捕虜と戦利品を持ってローマに戻り[3]海軍凱旋式の敢行が許された[1]

紀元前250年に再び執政官に就任すると、200隻の艦隊を率いてリリュバエウムを包囲した(リルバイウムの戦い[4]。カルタゴ側の傭兵部隊の裏切りがあったものの、守将ヒミルコは良く守り、年を越した。

出典

参考文献

関連項目

Loading related searches...

Wikiwand - on

Seamless Wikipedia browsing. On steroids.

Remove ads