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丹羽秀延
日本の江戸時代中期の大名 ウィキペディアから
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丹羽 秀延(にわ ひでのぶ)は、江戸時代中期の大名。陸奥国二本松藩の第4代藩主。通称は五郎三郎。官位は従四位下・左京大夫。丹羽家第5代。
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略歴
第3代藩主・丹羽長之の長男。母は家女房の松木氏。初名は尹重。正室は阿部正邦の娘。
元禄14年(1701年)2月3日、父・長之の死により家督を相続する。同年2月15日、5代将軍・徳川綱吉にお目見えする。元禄16年12月21日、従五位下左京大夫に叙任する。宝永5年(1708年)12月18日、従四位下に昇進した。
享保13年(1728年)に死去した。戒名は泰雲院殿鐵山玄榮大居士。墓所は福島県二本松市の大隣寺。
子に恵まれず、藩祖・丹羽長秀の六男で旗本1500石となった丹羽長紹(丹羽長次)の子孫・長道の長男・高寛を末期養子に迎えた。
系譜
父母
- 丹羽長之(父)
- 松本氏 ー 側室(母)
正室
- 阿部正邦の娘
養子
- 丹羽高寛 ー 丹羽長道の長男
関連項目
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