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井手義行

日本の英文学者 ウィキペディアから

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井手 義行(いで よしゆき、1889年2月9日 - 1972年7月20日[1])は、大正から昭和期の英米文学者東京外事専門学校第10代校長、東京外国語大学学長事務取扱、立教大学文学部教授[2][3]井出義行の誤字もみられる[4][5]

人物・経歴

熊本県阿蘇郡宮地町出身[2]。井手義久の長男として生まれる[6]

1913年(大正2年)、東京帝国大学文科大学英文科(英吉利文学科)卒業後、同年東京外国語学校の講師に就任し、1917年(大正6年)、同校の教授となる[1][2]。大正から昭和初期に、立教大学文学部教授を兼務し、英文学、英文学史、英訳を教えた[5][3][7]

1921年(大正10年)に、他大学に先駆けて立教大学にバスケットボール部が創部されると、初代部長に就任[8]。同1921年(大正10年)、英米両国に留学し、1924年(大正13年)に帰国[6]

1933年(昭和8年)から1938年(昭和13年)にかけても、立教大学バスケットボール部長を務めた[8]

1945年(昭和20年)、東京外事専門学校第10代校長に就任[1][2]

1949年(昭和24年)、新制大学が発足し、東京外国語大学学長事務取扱となり、同年に退職[1][2]

1950年(昭和25年)、中央大学教授に就任[2]

1966年(昭和41年)、文化学院の理事になると、1969年(昭和44年)に同校英文科科長に就いた[2]

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脚注

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