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倉敷海軍航空隊
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倉敷海軍航空隊(くらしきかいぐんこうくうたい)は、日本海軍の部隊・教育機関の一つ。岡山県児島郡福田村(現在の倉敷市水島)に所在した。4500人もの志願者を募った予科練乙飛第22期の生徒を教育するため、最後に新設された予科練教育航空隊である。緊急に開隊するために農地・集落を収用し、3ヶ月で兵舎・教育施設の落成に漕ぎつけた。

国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成
沿革
- 1944年(昭和19年)11月1日 - 開隊。第19連合航空隊に編入。三重海軍航空隊から乙飛第21期500名・第22期500名転入
- 1945年(昭和20年)
空襲による物的被害は大きかったが、生徒・教官の犠牲者は少なかった。呉鎮守府が管轄する各部隊に振り分けられることになり、震洋・伏龍の訓練に明け暮れるうちに終戦を迎え、戦線投入には至らなかった。
主要機種
教育訓練部隊のため、航空機の配属はない。
歴代司令
- 藤村正亮:昭和19年11月1日 -
- 森本丞 予備少将:昭和20年7月10日 - 武装解除・解隊
関連項目
参考文献
外部リンク
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