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善法寺古墳群
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概要
三次盆地南側、江の川支流の馬洗川の南側の丘陵上に築造された古墳群である。21基が確認されており、そのうち12基について1963年(昭和38年)にマツダ三次自動車試験場のテストコース建設に伴う発掘調査が実施され、失われている(未報告)[1]。
調査された12基は、前方後円墳1基(9号墳)・前方後方墳1基(11号墳)・帆立貝形古墳1基(8号墳)・円墳9基からなる。首長墓と目される8・9・11号墳では、複数の埋葬施設が確認され、副葬品として銅鏡や鉄製品が出土している。首長墓が前方後円墳・前方後方墳・帆立貝形古墳という異なる墳形を採用する点、三次盆地では例の多い床面砂利敷の小型の竪穴式石室(竪穴式石槨)を埋葬施設として採用する点で特色を示す。
築造時期は、古墳時代中期の5世紀前半頃を主体とすると推定され、そのうち1号墳が最も古く、次いで8号墳が築造されたとみられ、唯一須恵器が出土した5号墳は後期前半頃と推定される[1]。未報告のため詳らかとしないが、須恵器が普及する以前の比較的古い様相を示しており[1]、三次盆地の古式群集墳の展開過程を考察するうえで重要な位置づけにある古墳群になる。
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参考文献
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