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天笠尚
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天笠 尚(あまがさ ひさし、1985年10月18日 - )は、日本の元プロボクサー。第58代日本フェザー級王者。第44代OPBF東洋太平洋フェザー級王者。長身痩躯な外見からは想像もつかない強打を誇ることから、「痩身の暗殺者」の異名を持つ。FRARE山上ボクシングスポーツジム所属。世界ランキング最高位はIBFフェザー級3位[1]。入場曲は2014年12月31日 ギレルモ・リゴンドウ戦より「LOKA」の「AIRSE」 、それ以前は「あまちゃん」のテーマ(李冽理との第2戦より)。
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人物・来歴
群馬県太田市出身。姉がいる。小学校・中学校までは地元の学校に通うサッカー好きな子供だった。当時のあだ名は「チャー」。 サッカー選手に憧れ高校に入学するも、次第に学校から足が遠のいていく。いわゆる不登校であった。 目標もなく、ただ過ぎてゆく毎日、なにをやっても続かないダメな自分。天笠本人は当時を振り返り、「小心者でメンタルの弱い、自分の事が嫌いだった時」だと言う。ところがそんなある日、家に帰ると母が不登校児童などを受け入れる寮施設に入所を決めていた。その後当時、姉が一人暮らしをしていた東京都世田谷区桜新町のアパートに同居するようになる。しかし依然目的も定まらず焦燥感のみが増して行った。何かをやらなければいけないと思っていたその時、ちょうど桜新町駅前にあった山上ボクシングジムの存在を知った。佐野日大高校より1年の3学期に渋谷区広尾の高校に編入学。大学1年の時ボクシングを始めるのと同時にプロデビューする。
2014年12月31日、大阪府立体育会館で WBA・WBO世界スーパーバンタム級統一王者ギレルモ・リゴンドウに挑戦。7回に2度のダウンを奪いKO寸前まで追い詰めるも、ゴングでラウンド終了となる。11回終了後のインターバルで天笠の左頬の腫れが酷く天笠陣営が棄権したためTKO負けとなった。
2017年9月、現役引退を表明。
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戦績
- プロボクシング - 42戦 33勝(19KO) 7敗 2分
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参考文献
- 「上毛新聞」『シャトル』2012年1月11日
- 「ボクシングマガジン」平成24年1月14日発行 1月15日発売
- 天笠が東洋太平洋タイトル獲得、李との激闘を制す Boxing News(ボクシングニュース) 2013年10月14日
- 天笠が王座返上=日本フェザー級 時事通信 2013年12月2日
- ラウンドアップ 大沢宏晋がWBAランク入り Boxing News(ボクシングニュース) 2014年12月9日
- 宮崎、松本、粟生がWBOランク入り、赤穂はB級1位 Boxing News(ボクシングニュース) 2014年12月18日
- 天笠 ダウン奪うも大金星ならず…無敗王者に11回TKO負け スポニチアネックス 2014年12月31日。
- リゴンドウと倒し合い 天笠大健闘の11回棄権負け Boxing News(ボクシングニュース) 2015年1月1日
- 亀田和毅がIBF6位に大差判定勝ち、天笠尚は辛勝 Boxing News(ボクシングニュース) 2017年3月10日
- 天笠尚奮闘及ばず、ウォーリントンに判定負け Boxing News(ボクシングニュース) 2017年4月17日
- 天笠尚が引退表明、WBOアジアP王座獲得ならず Boxing News(ボクシングニュース) 2017年9月29日
- Pumicpic defeats Amagasa, Amagasa retires Fightnews.com 2017年10月1日
関連項目
- 男子ボクサー一覧
- ボクシング日本王者一覧
- 東洋太平洋ボクシング連盟(OPBF)王者一覧
- 群馬県出身の人物一覧
- 高野人母美 - 天笠の試合観戦を機に山上ジムでボクシングを始め、プロ転向からしばらくして協栄ジムに移籍するも、2014年より協栄が天笠の試合をプロモートし、前座に出場。高野の世界初挑戦でもセミに天笠が出場した。
テレビ出演
脚注
外部リンク
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