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小倉北餓死事件

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小倉北餓死事件(こくらきたがしじけん)は、2007年(平成19年)7月に、福岡県北九州市小倉北区で、生活保護を辞退した無職の男性(当時52歳)が自宅で餓死状態で発見された事件である。

男性が残した日記に「おにぎり食べたい」「ハラ減った。25日米食ってない」といった切実な飢餓の記述や、福祉事務所職員への不満を記す記述があったことから、全国的な注目を集め、北九州市における生活保護行政のあり方(いわゆる「硫黄島作戦」や「ヤミの北九州方式」)が改めて問われることとなった。

経緯

  • 2006年12月 - 男性(当時52歳)は肝臓を患い、電気やガスが止められるなど生活が困窮したため、小倉北区役所の福祉事務所に生活保護を申請。市は「働けるが当座の生活費がない」として同月26日に保護を開始した。
  • 2007年4月2日 - 福祉事務所職員による5回目の就労指導の際、男性は「自立して頑張る」と話し、生活保護辞退届を提出した。辞退届の提出を受け、市は同月10日付で保護を廃止した。
  • 2007年4月以降 - 保護廃止後、男性は就労できず、近隣住民の証言によれば、自宅周辺に生えているニラなどの野草を食材にするなど、困窮状態にあった。
  • 2007年7月10日 - 異変に気づいた近隣住民の通報により、男性の遺体が自宅で発見された。死後約1ヶ月が経過し、一部ミイラ化した状態であった。
  • 2007年7月 - 報道により、男性が残した日記に「働けないのに働けと言われた」「おにぎり食べたい」などの記述があったことが判明し、行政の対応が批判される。
  • 2007年8月 - 「生活保護問題対策全国会議」の弁護士や学者らにより、小倉北福祉事務所長が公務員職権濫用罪保護責任者遺棄致死罪刑事告発された(後に不起訴処分)。
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問題点と議論

本事件は、前年の門司餓死事件などに続く北九州市での生活保護関連の死亡事件であり、市行政の構造的な問題が指摘された。

  • 「辞退届」の強要・誘導
市の職員が、保護を継続すべき状態にあるにもかかわらず、就労指導の名目で保護廃止を前提とした「辞退届」を強要または誘導した疑いが指摘された。最高裁判例などによれば、辞退の申し出があった場合でも、保護の必要性が消滅していない限り、直ちに保護を廃止することは違法・不当とされている[1]。男性の日記には「書かされ、印まで押させ、自立指どうしたんか」(自立指導)との記述が残されていた[2]
  • 自立見通しの確認不足
保護廃止の際、男性には電気は通っていたものの、ガス・水道が止められたままであり、就労による自立の具体的な見通しが確認されないまま廃止決定がなされた。
  • 組織的な「硫黄島作戦」
北九州市では、「濫給(ふさわしくない人に支給すること)の防止」に偏重した独自の監査項目が多数導入されており、申請書を受理する際の「疑義の指摘率」が職員の成績評価基準に含まれていたことが指摘された。こうした組織的な体制が、生活保護法の精神に反する「硫黄島作戦」を推進し、餓死事件を招いた構造的な原因とされた[3]
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脚注

参考文献

関連項目

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