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川並密
日本の陸軍軍人 ウィキペディアから
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川並 密(かわなみ ひそか / みつ、1891年〈明治24年〉3月22日 - 1978年〈昭和53年〉11月4日)は、日本の陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。
経歴
茨城県出身。土浦中学校を経て、1912年(明治45年)5月、陸軍士官学校(24期)を卒業。同年12月、陸軍歩兵少尉任官。1923年(大正12年)11月、陸軍大学校(35期)を卒業。陸軍歩兵学校勤務となる。
1936年(昭和11年)8月、歩兵大佐に昇進し歩兵学校教官に就任した。1937年(昭和12年)3月、陸軍通信学校教育部長に異動。同年9月、歩兵第6連隊長に戦死した前任者の後任として着任し日中戦争に出征。南京攻略戦、徐州会戦、武漢作戦に参加した。1939年(昭和14年)3月、陸軍少将に進級し通信学校長に就任。
1941年(昭和16年)10月、陸軍中将に進み第14師団長に親補されチチハルに駐屯し太平洋戦争を迎えた。1942年(昭和17年)12月、通信兵監に転じた。 さらに1944年(昭和19年)7月、第44師団長に親補[1]。1945年(昭和20年)3月、通信兵監に再任され終戦を迎えた。
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栄典
- 位階
- 勲章
脚注
参考文献
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