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日本における離散要素法の歴史

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日本における離散要素法の歴史(にほんにおけるりさんようそほうのれきし)は、日本国内における離散要素法(りさんようそほう、英: Discrete Element Method, DEM)の導入と発展、および関連する研究者・応用分野の変遷を概説する。

概要

離散要素法は、剛体または変形可能な多数の粒子・要素の運動方程式を個別に解き、その相互作用から粉体・土砂・岩盤などの巨視的挙動を記述する数値解析手法である。1970年代にP. A. カンダルが岩盤ブロックの動的解析のために提案し、1979年のCundall & Strack による論文で「distinct element method」として体系化された。[1]日本語文献では「個別要素法」「離散要素法」「粒子法」などの用語が併用されている。[2]

日本において離散要素法が本格的に導入されたのは1980年代後半から1990年代前半とされ、当初は鉱山工学・地盤工学・粉体工学など、粒状体を対象とする分野で用いられた。その後、化学工学・機械工学・土木工学・地球惑星科学・宇宙工学など多様な分野へ応用範囲が拡大し、21世紀に入ると高性能計算機環境の整備とともに産業界への実装が急速に進んだ。

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日本への導入

1990年代:固気二相流・粉体プロセスへの応用の開始

日本における離散要素法の本格的な応用は、固気二相流や流動層の数値シミュレーション研究から始まったとされる。田中敏嗣と辻 裕らのグループは、鉛直管内固気二相流や循環流動層において、個々の粒子の運動方程式を解く離散粒子モデルを提案し、粒子衝突を決定論的に扱うアルゴリズムを導入した。これらの研究は、後に柔軟粒子モデルとしての離散要素法(DEM)や、流体計算と粒子計算を連成したDEM-CFD解析へと発展し、日本におけるDEM応用研究の初期例として位置付けられている。[3]

粉砕・ボールミル内媒体運動の解析にも、1990年代からDEMが導入された。資源・素材学会や粉体工学会の研究会を通じて、ボールミル内の媒体挙動や粉砕機構の数値シミュレーションが議論され、粉砕プロセス設計への活用が模索された。こうした活動の中で、東北大学の加納純也らによる粉砕・メカノケミカルプロセスのシミュレーション研究が展開され、後の日本における粉体DEM研究の基盤が形成された。[4]

2000年代:粉体シミュレーション技術の体系化

2000年代に入ると、粉体工学会や化学工学会を中心に、離散要素法を含む粉体シミュレーション技術の体系化が進んだ。粉体工学会編による『粉体シミュレーション入門』などの解説書により、DEMの基礎理論と産業応用事例が整理され、教育・技術者向けの標準的な解説が整備されたとされる。[2]

同時期には、高性能計算機を用いた大規模DEM計算や、流体解析(CFD)との連成解析の実装が進展した。JAMSTEC(海洋研究開発機構)の西浦泰介らは、津波と防波堤・マウンド地盤の相互作用を扱うSPH-DEM連成法や、多数の四面体要素で物体変形を扱うMulti-QDEMなど、新しい粒子法の実装と高速化手法を開発し、土木・防災分野における粒子法解析の高度化に寄与した。[5]

2010年代以降:デジタルツインとマルチフィジックス

2010年代以降、離散要素法は、粉体プロセスの「デジタルツイン」やマルチフィジックス連成解析に不可欠な基盤技術として位置付けられるようになった。東京大学工学系研究科の酒井幹夫の研究グループは、GPUや大規模並列計算機を用いた高精度・大規模DEM/DEM-CFDシミュレーションを推進し、化学・プロセス産業における粉体処理装置の設計・最適化に応用している。[6]

酒井は、粉体シミュレーションの基礎から数値実装、並列計算、流体との連成に至るまでを体系的に解説した著書『粉体の数値シミュレーション』を刊行し、日本語による包括的なDEM教科書として広く利用されている。[7]

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粉体工学・化学工学分野における発展

要約
視点

流動層・固気二相流解析

固気二相流や流動層は、粉粒体プロセスの代表的な応用分野であり、日本でも早期からDEMが導入された。田中敏嗣は、DEMとCFDを連成したDEM-CFD解析を世界に先駆けて流動層や鉛直管内固気二相流に適用し、粒子間衝突モデルやストークス数に依存するクラスター形成などの現象を数値的に説明した。[3]

岡山理科大学の桑木賢也は、流動層解析におけるDEMの役割と限界を整理し、直接数値計算(DNS)や埋め込み境界法との比較を通じて、DEMに組み込むべき構成方程式(抗力・付着力・伝熱モデルなど)の検討を行っている。[8]さらに、麺生地のような粘弾性を持つ粒状材料に対して、付着力モデルを工夫したDEMシミュレーションを行うなど、食品・ソフトマターへの応用も進めている。[9]

山形大学の木俣光正は、スクリューフィーダー内部の粉体輸送挙動をDEMで解析し、安息角試験から得られるパラメータと供給速度の関係を検討した。これにより、粉体物性が供給精度に及ぼす影響の理解と、粉体供給機設計へのフィードバックが可能になったと報告されている。[10]

粉砕・メカノケミカルプロセス

東北大学の加納純也は、粉砕およびメカノケミカル(機械的エネルギーを利用した化学反応)プロセスを対象に、DEMを用いたメディア運動・砕料挙動の解析と反応収率の予測に関する研究を継続的に行っている。Smoothed Particle法やDEMを用いた粉体流動・粉砕挙動のシミュレーションにより、粉砕装置のスケールアップや最適設計に関する指針を提示し、粉体工学会や化学工学会、粉体粉末冶金協会などから多くの学術賞を受賞している。[4]

同じく東北大学の石原真吾は、粒子破砕を直接扱うためのAdvanced Distinct Element Method(ADEM)を提案し、砕料粒子を複数の構成粒子に分割して仮想ばねで結合することで、破壊・破砕過程を表現するDEMモデルを構築した。[11]この手法は、金属粉粒体の塑性変形挙動や、メカノケミカル反応を伴う粉砕プロセスの解析にも拡張されている。[12]

大阪公立大学の岩﨑智宏は、数値流体力学(CFD)とDEMを組み合わせた粉体プロセス解析を行い、乾式機械的処理による機能性複合粒子の設計や、メカノケミカル効果を利用した機能性ナノ粒子の合成プロセスにDEM解析を活用している。研究者情報データベースによれば、1990年代後半から一貫して「離散要素法、数値流体力学による粉体プロセスの解析」をテーマとして掲げており、粉体工学会研究奨励賞やAPT Outstanding International Contribution Award などを受賞している。[13]

プロセスシミュレーションとデジタルツイン

酒井幹夫のグループは、粉体・多相流シミュレーションのための粒子法(DEMやSPH)を開発・高度化し、産業スケールの輸送・混合・造粒・充填プロセスのシミュレーションを実現している。[6]

こうした活動と並行して、粉体工学会や精密工学会などでは、離散要素法の基礎と最新応用を紹介する特集号や講習会が継続的に開催されており、日本の産業界におけるDEM技術の普及に貢献している。[2]

計算力学・地球科学・防災分野

JAMSTECの西浦泰介は、津波と防波堤・マウンド地盤の崩壊挙動を対象としたSPH-DEM連成手法を開発し、引き波作用下でのマウンド地盤の浸食や被覆ブロックの移動・崩壊過程を高解像度で再現した。[5] また、バラスト軌道の衝撃応答解析のために、多数の四面体要素からなる弾性体として枕木やバラストを表現するMulti-QDEM(Hyper Intelligent DEM)を提案し、鉄道軌道の設計・維持管理への応用を進めている。[5]

さらに、西浦は、GPUやベクトルCPUを用いたDEMの高速化アルゴリズムを開発し、ppohDEMなどのオープンソースコードとして公開することで、粒子法の大規模シミュレーションの普及に寄与した。[5]

地球惑星科学分野では、火砕流・土砂災害・惑星表層レゴリスの力学などを対象として、DEMやその派生手法が用いられている。日本でも、火山噴火時の火砕流・岩屑なだれ挙動や、月・小惑星のレゴリス挙動の数値実験に粒子法を用いる研究が行われているが、これらは主題が粉体工学にとどまらず、地球科学・宇宙科学と計算力学の学際分野として位置付けられる。

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交通計画における離散モデルとの関連

離散要素法と直接は異なるが、日本では土木計画学・交通工学の分野で、個々の意思決定主体の選択を扱う「離散選択モデル」が発展している。東京工業大学などで活動する福田大輔は、交通需要予測や交通行動分析を対象として、混合ロジットモデルや摂動効用理論にもとづく高次の離散選択モデルを提案し、大規模なシミュレーション近似によるパラメータ推定手法を体系化している。[14]

離散要素法(DEM)は物理的粒子の運動を、離散選択モデルは個人の意思決定を対象とする点で本質的に異なるが、両者とも多数の「個体」の相互作用や集計挙動をミクロな記述から導くという点で共通性を持つ。そのため、日本語文献では「離散要素法」「離散選択モデル」という用語がしばしば並列的に扱われることがあり、両者の違いを明確に区別する解説も行われている。[14]

主な研究者

加納純也
東北大学多元物質科学研究所教授。粉砕およびメカノケミカルプロセスのDEMシミュレーションを中心に、粉体プロセス設計へのシミュレーション活用を牽引してきた。粉体工学会研究奨励賞や粉体工学会技術賞、文部科学大臣表彰科学技術賞など、多数の研究業績賞を受賞している。[4]
酒井幹夫
東京大学大学院工学系研究科教授。粒子法を用いた粉体・多相流シミュレーション、DEM-CFD連成解析、大規模並列計算によるデジタルツイン構築などに取り組み、『粉体の数値シミュレーション』を著すなど、日本における粉体DEMの教育・普及に大きく貢献している。[6][7]
石原真吾
東北大学多元物質科学研究所准教授(助教を経て)。粒子破砕を取り扱うAdvanced DEM(ADEM)の提案者の一人であり、粉砕挙動やメカノケミカル反応を対象としたDEMモデリング・シミュレーションを通じて、粉砕プロセス最適化や新規粉体プロセス設計に寄与している。[11][12]
田中敏嗣
追手門学院大学理工学部教授。固気二相流・粉粒体流動の数値シミュレーションを専門とし、DEM-CFD連成法や粒子間衝突モデルの開発、建設機械による土砂操作や火砕流挙動の解析などに取り組む。研究室の紹介によれば、「世界に先駆けてDEM-CFD解析による数値シミュレーション法を提案した」とされ、日本における流動層DEM解析の先駆者の一人と位置付けられている。[3][15]
西浦泰介
海洋研究開発機構(JAMSTEC)数理科学・先端技術研究開発センター主任技術研究員。SPH-DEM連成による津波・堤防・地盤の相互作用解析、Multi-QDEMによるバラスト軌道の衝撃応答解析、GPUやベクトルCPUを用いたDEM高速化アルゴリズムの開発など、計算力学と粉体工学・地球科学を横断する研究で知られる。[5]
福田大輔
土木計画学・交通工学分野の研究者。交通行動分析や交通需要予測を対象として、混合ロジットモデルや摂動効用理論にもとづく離散選択モデルを開発し、シミュレーション近似を用いた推定手法を体系的に整理した。離散要素法とは分野が異なるものの、日本の「離散的な個体を扱うモデル」研究の一翼を担っている。[14]
木俣光正
山形大学で粉体工学・混相流工学を担当する研究者。スクリューフィーダーなどの粉体輸送機を対象にDEMシミュレーションを行い、安息角試験にもとづくパラメータ同定と供給量の予測に関する研究を報告している。[10]
岩﨑智宏
大阪公立大学工学研究科教授。粉体工学・反応工学分野において、DEMとCFDを用いた粉体プロセス解析、乾式機械的処理による機能性複合粒子の設計、メカノケミカル効果を利用したナノ粒子の合成などを行っている。数値シミュレーションを通じた粉体プロセス設計の高度化に貢献している。[13]
桑木賢也
岡山理科大学工学部機械システム工学科教授。流動層や粉体流動に対するDEM解析、およびDNSや埋め込み境界法との比較を通じて、粒子スケール以下の現象を考慮したモデル構築に取り組む。近年は麺生地のような粘弾性を有する材料のDEMモデル化など、食品工学への応用も行っている。[8][9]
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関連項目

脚注

参考文献

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