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昭懿皇后
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昭懿皇后(しょういこうごう)は、五代十国時代の後唐の明宗李嗣源の側室(即位前没)。皇后を追贈された。姓は夏氏。
生涯
初め、李嗣源に側室として嫁いだ。夫への尽くし方が良くないとして、李嗣源に殴られた。方士の周元豹は「この女性は藩侯夫人の位号があり、富貴な息子が必ず生まれる」と言った。
夏氏は男子を2人産んだ。同光2年(924年)、病死した。明宗が即位すると、晋国夫人を追贈した。長興元年(930年)、2人の親王の母であることを考慮し、皇后が追贈され、「昭懿」の諡を贈られた。
男子
伝記資料
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