本節では普遍係数定理を述べる準備として、チェイン複体とそのホモロジー、コチェイン複体とそのコホモロジーを復習し、さらに普遍係数定理を定式化するのに必要な概念であるTor関手、Ext関手を定義する。
Tor関手
Rを単項イデアル整域とし、M、NをR-加群とする。さらに短完全系列

でA、Bが自由R-加群であるものを選び[注 1]、

を考えると必ずしも完全系列にならない[注 2]。そこで

と定義する[4]。
の定義はA、Bの取り方に依存しているが、実はA、Bを別のものに取り替えて定義した
と自然に同型になる事が知られているのでwell-definedである[4]。
の事をTor関手という。
なお、Rが単項イデアル整域とは限らない一般の環の場合にもTorが定義できるが本項では割愛する。また
の事を
と表記し、より一般に
(n≧0)を定義する場合もあるが、これも本項では割愛する。これらに関する詳細はTor関手の項目を参照されたい。
Tor関手は以下の性質を満たす。
命題 ―
Rを単項イデアル整域、M、NをR-加群とするとき、次が成立する:
。[5]
。ここで「
」はR-加群としての直和を表す[6]。
- Mが自由R-加群なら

。[7]
、ここでgcd(x,y)はxとyの最大公約元である。
- Kを標数0の体とするとき、任意の有限生成R-加群Mに対し、

証明
1., 2.の証明は出典を参照。3.に関してはMが自由R-加群であれば、

という分解が可能なので、
である。
4.に関してはx倍する演算を「
」と書くと、

という分解が可能であり、
なので、

である。よって
である。
5.に関しては4.から直接従う。6.に関しては、Mが有限生成なので、有限生成加群の基本定理より、RnとR/(xi)の直和で書ける。よって1.により、
は
と
の直和で書けるが、前者は3.より0に等しく、後者も4.により0に等しい。
Rが単項イデアル整域であるので、M、Nが有限生成である場合、有限生成加群の基本定理から、MはRnと複数のR/(xi)の直和で書け、Nも同様である。上述の1., 2.からTorRは直和に関して分解できるので、上述の3., 5.を使うと、これらに対するTorRを容易に計算できる。
Ext関手
Torのときと同様、Rを単項イデアル整域とし、M、NをR-加群とし、さらに短完全系列

でA、Bが自由R-加群であるものを選ぶ[注 1]。そして

を考えると必ずしも完全系列にはならない[注 3]。そこで

と定義する[9]。ここでCokerは余核である。すなわち、
に対し、
である。
の定義はA、Bの取り方に依存しているが、実はA、Bを別のものに取り替えて定義した
と自然に同型になる事が知られているのでwell-definedである[9]。
の事をExt関手という。
また
に関しても
と同様、Rが一般の環の場合に対しても定義できるし、
が定義できて
であるが、本項では説明を割愛する。詳細はExt関手の項目を参照されたい。
Ext関手は以下を満たす:
命題 ―
Rを単項イデアル整域、M、NをR-加群とするとき、次が成立する:
。ここで「
」はR-加群としての直和である[10]。
。ここで「
」はR-加群としての直積である[10]。
- Mが自由R-加群なら

。[7]
、ここでgcd(x,y)はxとyの最大公約元である。
- Kを標数0の体とするとき、任意の有限生成R-加群Mに対し、

証明
1.、2.に関しては出典を参照。3.に関してはMが自由R-加群であれば、

という分解が可能なので、
である。
4.に関しては、x倍する演算を「
」と書くと、

という分解が可能であり、

である。
ここで
に対し、
である。
しかも
は
の行き先により全ての
の行き先が決まるので、
である。よって

である。
5.は4.から直接従う。6.に関しては、Mが有限生成なので、有限生成加群の基本定理より、RnとR/(xi)の直和で書ける。よって1.により、
は
と
の直和で書けるが、前者は3.より0に等しく、後者も4.により0に等しい。
TorRの場合と同様、Mが有限生成R-加群であれば、これらの性質からExtRを具体的に計算できる。