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松平頼煕 (松平大膳家)

日本の江戸時代の人物、松平大膳家の初代当主 ウィキペディアから

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松平 頼煕(まつだいら よりひろ)は、江戸時代中期の高松松平家御厄介(一門)。松平大膳家第2代当主。通称は左近、志摩。号は一風。

概要 凡例松平 頼煕, 時代 ...

生涯

初代当主・松平頼芳松平頼重の七男)の子として誕生した。母は津袮(大高氏)。

元禄17年(1704年)、連枝として2000石を与えられる。享保20年(1735年)3代藩主・松平頼豊(頼煕の従弟にあたる)が死去すると、頼煕の長男・頼桓がその婿養子として4代藩主となり、自らは頼桓の後見を務めた。元文元年(1736年)、隠居して家督を次男の頼珍(のちの蜂須賀宗鎮)に譲った。元文2年(1737年)9月22日没、享年38。

儒学者・宮村経弼を師とし、漢籍に詳しい教養人で、2代藩主・松平頼常の創設した講堂を再興した。

系譜

  • 室:伊予 - 佐野周殊の娘
    • 長男:頼桓(1720年 - 1739年) - 松平頼豊養子・高松藩4代藩主
    • 次男:頼珍 / 蜂須賀宗鎮(1721年 - 1780年) - 松平大膳家3代当主、のち蜂須賀宗英養子・徳島藩8代藩主
  • 室:渡辺氏
    • 三男:頼央 / 蜂須賀至央(1737年 - 1754年) - 松平大膳家4代当主、のち蜂須賀宗鎮養子・徳島藩9代藩主

参考文献

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