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校異源氏物語
池田亀鑑編著による『源氏物語』の研究書 ウィキペディアから
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『校異源氏物語』(こういげんじものがたり)は、池田亀鑑編著による『源氏物語』の研究書。『源氏物語』の伝本群を「青表紙本」「河内本」「別本」に分類し、青表紙原本=定家本の現存する巻はこれを底本とし、他の巻は大島本と池田本を用いて、各系統の有力諸本の校異を一覧できるようにした校本である。
概要
出版の経緯
東京帝国大学の国語国文学講座を永らく担当していた芳賀矢一が、1922年に病のために退職したことを惜しむ人々によって、芳賀を記念する国文学研究の一事業を興そうという声が上がり、芳賀博士記念会が結成され募金に着手した。多くの人々の賛同を得て、5千円を超える金額が集まり、利子も含めた資金によって源氏物語の諸註集成を作成することが企画され、芳賀の賛成を得て、池田亀鑑に嘱託することになった[1]
原文の異同に疑問を抱く
池田は註を施す作業に取りかかったものの、原文の異同が多いことに気付き、原典研究の基礎を固める必要性を痛感した。実行委員会もこれを認めたので、池田は、第一次事業として原典研究に従事することになった。そこで、まず、原典の捜索・蒐集につとめ模写あるいは写真に撮って細緻な研究を続け、ついに前人未踏の境地に達した[1]。
こうして第一次稿本を完成させたものの、膨大な稿本の出版には組版や校正に多大な困難がともなうので、実行委員会は稿本のままで東京帝国大学に献納したい意向であったが、池田は出版の一念を捨てず、学術的価値を損なうことなく出版しやすい形の原稿に改め、中央公論社の社長嶋中雄作の理解もあって出版にこぎ着けた。
多くの協力者
また、これらの困難な作業は、池田門下の松田武夫、大津有一、松尾聰、鈴木知太郎、桜井祐三、石清水尚、春名好重(斎藤秀雄)、清田正喜、松村誠一、萩谷朴、中性哲、木田園子[2]、永井義憲、新井信之、奥野昭子[3]ら二十余名の協力によって成し遂げられた。
出版
1942年(昭和17年)10月25日に刊行されたが、最初は、『源氏物語』主要本文の校異を示した「校異篇」のみの全5巻。のちに『源氏物語大成』全8巻として公刊され、この「校異篇」に加え、「索引篇」、「研究篇」、「資料篇」、「図録篇」を付して発展的に増補される。『源氏物語』の本格的な学術的校本としては初の公刊でありながら、当時としては精度も高く、刊行後半世紀を数えてもなお、今日の『源氏物語』研究に参照不可欠の書となっている。
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刊行本
- 『校異源氏物語 巻一』中央公論社、1942年。
- 『校異源氏物語 巻二』中央公論社、1942年。
- 『校異源氏物語 巻三』中央公論社、1942年。
- 『校異源氏物語 巻四』中央公論社、1942年。
- 『校異源氏物語 巻五』中央公論社、1942年。
- 『源氏物語大成 巻1(校異篇 第1)』中央公論社、1953年。
- 『源氏物語大成 第1冊(校異篇 1)』中央公論社、1984年。
- 『源氏物語大成 巻2(校異篇 第2)』中央公論社、1953年。
- 『源氏物語大成 第2冊(校異篇 2)』中央公論社、1984年。
- 『源氏物語大成 巻3(校異篇 第3)』中央公論社、1954年。
- 『源氏物語大成 第3冊(校異篇 3)』中央公論社、1984年。
- 『源氏物語大成 巻7(研究・資料篇)』中央公論社、1956年。
- 『源氏物語大成 第12冊(研究篇)』中央公論社、1985年。
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脚注・参考文献
外部リンク
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