氏家 親定(うじいえ ちかさだ)は、江戸時代前期の長州藩士。始め最上氏家臣、後に毛利氏家臣となる。
生涯
文禄4年(1595年)、最上氏の宿老である氏家光氏の子として誕生。
元和8年(1622年)8月21日に最上氏が改易されると、親定は父・光氏と共に毛利氏に預けられ、長州藩へ移り住む。寛永2年(1625年)8月13日には毛利秀就から周防国吉敷郡恒富村[1]に500石を与えられて、毛利氏家臣となった[2]。
脚注
参考文献
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