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熱力学温度
熱力学に基づいて定義される温度 ウィキペディアから
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熱力学温度(ねつりきがくおんど、英語: thermodynamic temperature)[注 1]は、熱力学に基づいて定義される温度である。
国際量体系(ISQ)における基本量の一つとして位置付けられ、次元の記号としてサンセリフローマン体の Θ が用いられる。また、国際単位系(SI)における単位はケルビン(記号: K)が用いられる。熱力学や統計力学に関する文献やそれらの応用に関する文献では、熱力学温度の意味で温度(英: temperature)という言葉を使うことが多い。
熱力学温度は、歴史的な経緯や、絶対零度を基準点(0)とすることを強調する文脈で、しばしば絶対温度(ぜったいおんど、英: absolute temperature)とも呼ばれる。これは、シャルルの法則やカルノーの定理から導かれる、物質の種類によらない普遍的な温度という理論的な側面を指して用いられてきた。 現在の国際単位系(SI)では、基本量の一つとして「熱力学温度」が採用されており[1]、これが正式な用語である。
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定義
要約
視点
熱力学温度の概念は、熱力学第零法則による温度という状態量の存在と、熱力学第二法則による(物質によらない)普遍的な温度目盛の定義可能性に基づいている。
カルノーの定理による定義(操作的定義)
→詳細は「カルノーの定理 (熱力学) § カルノーの定理と熱力学温度」を参照
熱力学における操作的な定義は、カルノーの定理に基づき行われる。温度 θ1、θ2 で特徴づけられる2つの熱浴の間で動作する可逆な熱力学サイクル(例えばカルノーサイクル)の熱効率を η(θ1,θ2) としたとき、これらの熱浴の熱力学温度 T1、T2(T1 > T2)の比は
により定義される[2]。
この定義は、熱効率が物質の種類によらず2つの熱浴の温度(経験的な温度 θのみに依存するというカルノーの定理に基づいている。これにより、熱力学温度 T は、物質によらない普遍的な尺度として(基準点を定める定数倍の任意性を除き)一意に定まる。 この流儀の定義では、高温や低温といった素朴な温度の概念そのものは経験的に導入されている。また、この定義は、思考実験上、理想的な熱浴と断熱壁を用いて可逆な熱サイクルを実現できることを前提としている。
理想気体温度との関係
シャルルの法則によれば、気体の体積は温度の変化に対して(ある程度の)普遍的な振る舞いをする。気体の振る舞いを理想化した理想気体は、その体積が熱力学温度に比例する。 理想気体の体積(あるいは圧力)に比例する温度として定義される温度は理想気体温度とも呼ばれる[3]。
理想気体に対してカルノーサイクルを考えることで、この理想気体温度が、カルノーの定理に基づいて定義された熱力学温度と(目盛の選び方を除いて)一致することが示される。歴史的には、この理想気体温度(あるいは実在気体の補正を行ったもの)が温度の標準として用いられてきた。
公理的な定義
エントロピーを公理的に導入する流儀では、熱力学温度 T は、完全な熱力学関数としてのエントロピー S の内部エネルギー U による偏微分として
により定義される。ここで X は体積 V や物質量 N などの示量性の変数を表す。
統計力学における定義
統計力学においては、熱力学温度をミクロな量と関係づけるいくつかの方法がある。
一つの流儀(ミクロカノニカルアンサンブル)では、系のエントロピー S がボルツマンの原理により状態数 W(E) から
として与えられることを出発点とし、熱力学温度を上記の公理的な定義(エントロピーのエネルギー偏微分)により導入する。
別の流儀(カノニカルアンサンブル)では、系が温度 T の巨大な熱浴と平衡状態にある状況を考察し、系があるエネルギー状態をとる確率はボルツマン因子 に比例する(カノニカル分布)と仮定する。このとき現れるパラメータ
は逆温度と呼ばれ、熱力学との対応(例えばヘルムホルツの自由エネルギー と熱力学における の関係)を通じて、パラメータ T が熱力学温度と一致することが示される。
逆温度 β は、分配関数 Z(β) の変数として用いることで、統計力学の基本的な関係式を簡単な形で表すことができる。有名な関係式としてたとえばエネルギー の期待値 〈〉 との関係
やヘルムホルツの自由エネルギー F との関係
が挙げられる。このように統計力学の定式化においては、逆温度が熱力学温度よりも便利な量として扱われることがある。
なお、統計力学の文脈では、熱力学で通常扱われる正の温度とは別に、負温度が導入されることがある。これは、反転分布が実現するような、系のエネルギーに上限が存在する特殊な(統計的な)系を扱う際に用いられる概念である。 負温度 は、このような系に対してカノニカル分布の形式を拡張した際に、逆温度 β が負の値をとる状態として、
という関係を満たす量として定義される。 通常の熱力学で扱われる系(エネルギーに上限がない系)では熱力学温度は常に正である。一方、負温度は、逆温度 β が負になる(エネルギーの上限に近づくほどエントロピーが減少する)特殊な系で実現され、エネルギー的に正の無限大温度よりも「熱い」状態に対応すると解釈される。
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ケルビンの定義と変遷
要約
視点
熱力学温度の単位は、国際単位系(SI)においてケルビン(記号: K)が用いられる。ケルビンの定義は、歴史的に変更されてきた。
三重点による定義(1954年 - 2019年)
歴史的には、国際単位系(SI)において水の三重点の熱力学温度を と(正確に)定義することによって、温度の単位であるケルビン(K)が定められていた。これは、カルノーの定理による定義()において、基準となる温度 T1 として水の三重点 を選び、その値を固定することで、任意の温度 T2 の数値を決定するものであった。
ボルツマン定数による定義(2019年以降)
2019年のSI基本単位の定義改定においては、ボルツマン定数 k を正確に と定めることによって、ケルビンが定義されるようになった。 ボルツマン定数はエネルギーと温度の間の換算係数としての役割を持ち、統計力学におけるエネルギー E と温度 T の関係()や、カノニカル分布のボルツマン因子 に現れる。この定義により、エネルギーの尺度であるkT(単位 J)と熱力学温度 T(単位 K)が、物理定数 k を介して直接結び付けられた。これにより、ケルビンは物質(水)の特定の状態に基づかない、普遍的な物理定数に基づく定義となった。この定義改定により、温度の測定(一次標準)は、原理的にエネルギー kT に関連する任意の物理量を測定することで実現できるようになった。例えば、熱雑音(雑音温度計)、気体の音速(音響気体温度計)、ドップラー効果によるスペクトル線の広がり(ドップラー広がり測定)などが、熱力学温度の定義に直結した測定法として用いられる。
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性質
熱力学温度は平衡熱力学における基本的要請を満たすように定義される示強変数であり、物質の種類に依らない普遍的な温度として(基準点の選び方という定数倍の任意性を除いて)一意に定まる。
熱力学温度が持つ基本的な性質の一つとして普遍性がある。具体的な物質の熱膨張などを基準として定められる温度は、選んだ物質に固有の性質をその定義に含んでしまい、特殊な状況を除いて温度の取り扱いが煩雑になる。熱力学温度はシャルルの法則や熱力学第二法則のような物質固有の性質に依存しない法則に基づいて定められるため、物質の選択にまつわる困難を避けることができる。
熱力学温度が持つもう一つの基本的な性質として、下限の存在が挙げられる。この熱力学温度の下限は絶対零度()と呼ばれる。熱力学の法則(熱力学第三法則やそれに伴う到達不可能原理)によれば、絶対零度は理論上の下限であり、どのような操作を用いても有限回のステップで到達することは不可能であるとされる。
気体分子運動論との関係
気体分子運動論によれば、理想気体を構成する単原子分子(または多原子分子の並進運動)の運動エネルギーの平均値 は、熱力学温度 T と
という単純な比例関係にある。ここで k はボルツマン定数である。このように、熱力学温度はミクロな分子の熱運動の激しさを表す指標と見なすことができる。
古典力学の描像では、熱力学温度の下限である絶対零度(T=0)において分子の運動エネルギーは 0 となり、分子の運動は完全に停止すると考えられる。しかしながら、極低温の環境においては古典力学に基づくこの描像は適用できなくなり、量子力学的な効果が顕著になる。量子力学によれば、 T=0 であっても不確定性原理により分子の運動は完全には停止せず、零点エネルギーと呼ばれる最低限の運動エネルギーを持つ。
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他の温度目盛との関係
要約
視点
熱力学温度 T の他に、基準点(オフセット)や目盛りの幅が異なる温度が定義されており、特にセルシウス温度(摂氏)とファーレンハイト温度(華氏)が広く用いられている。
セルシウス温度
セルシウス温度 θ は、熱力学温度 T との基準点の差(オフセット)によって定義される。歴史的に水の氷点を基準(0 °C)としてきた経緯から、基準温度 T0 を (ほぼ水の氷点に相当)として、
と定義される。
セルシウス温度の単位はセルシウス度(°C)が用いられる。セルシウス度の目盛りの間隔(1 °C)はケルビン(1 K)の間隔と等しく定義されているため、数値の関係は以下のようになる。
この定義から、熱力学温度 がセルシウス温度 に相当する。なお、換算式として 0 °C = 273.15 K というものも見られるが、これはSIの表記としては正しくなく、あくまで に相当するセルシウス温度が であることを意味する。
温度変化に対する応答(熱容量など)を考える際に有用な温度「差」()は、セルシウス温度での差 と等しい。
したがって、「温度が 10 K 上昇した」と「温度が 10 °C 上昇した」は同じ温度差を表す。
ファーレンハイト温度
ファーレンハイト温度 θF は、熱力学温度 T とは基準点(オフセット)と目盛りの幅の両方が異なる。
ファーレンハイト温度の単位(ファーレンハイト度、°F)は、その目盛りの間隔(1 °F)がケルビン(1 K)の間隔の 5/9 となるように定義される。 熱力学温度 T との換算式は、セルシウス温度 θ を介して、
と表され、これを整理すると T との直接の換算式
が得られる。
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脚注
参考文献
関連項目
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