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神明宮 (横浜市神奈川区)

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神明宮 (横浜市神奈川区)
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神明宮(しんめいぐう)は神奈川県横浜市神奈川区にある神社。境内を流れていた上無川(かみなしがわ)は、「神奈川」の由来の一説でもある。

概要 神明宮, 所在地 ...

祭神

歴史

1299年正安元年)の勧請と伝わる[1]別当寺だった能満寺も同年創建と伝えられ[1]、創建から密接不離な関係があったと思われる[2]。上無川に流れて来た牛頭天王像の話が伝わる。概略は以下。

上無川に流れて来た牛頭天王像を拾った村人は、祟りを畏れてまた川に流してしまったところ、一家悉く眼病に罹ってしまった。神罰かと、下流から海中まで探したが見つからず、代わりに見つかった神面を祀ったところ、忽ち眼病が平癒したため、この宮を神面社と称した。ところが、村は大いに荒れたので、神面は境内へ埋め、神明社と改称して大神宮を祀るようになった。以来、当地を荒宿と称し、上無川に棲む片目のを食べると眼病を患うといわれた。

—『横浜の伝説と口碑 下』上無川の片目の鰌(横浜郷土史研究会、1930年)NDLJP:1456827/21

江戸時代、相殿に素盞嗚尊を勧請した。

1868年慶応4年)の神奈川大火で全焼するも復興し、1885年明治18年)村社に列せられ、1922年大正11年)神饌幣帛料供進社に定められた。[2] 1923年大正12年)の関東大震災1945年昭和20年)の横浜大空襲でも大被害を受ける。

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社殿・境内

  • 本殿 - 神明造
  • 梅の森稲荷神社 - 若い女旅人の哀れな話が伝わる。概略は以下。

天一坊改行の悪事の企てに応じて江戸へ向かった赤川大善は、神奈川宿の旅籠で同宿した若い女旅人を殺して金を奪い、逃げた。旅籠は役所に知れれば闕所になると、死骸を梅林へ埋めて隠した。後日、全てが明白になり、哀れに思った村人が梅の森稲荷を祀ったという。

—『横浜の伝説と口碑 下』梅の森稲荷(横浜郷土史研究会、1930年)NDLJP:1456827/21

  • 上無川 - 境内を流れていた小川。水が少なく水源や上流が定かでなかったため、かみが無い川、上無川と呼ばれ「神奈川」の由来の一説となった。関東大震災後の復興で埋め立てられた。

祭事・年中行事

  • 例大祭 - 8月第4土-日曜日

所在地・交通

神奈川県横浜市神奈川区東神奈川2-34-6

脚注と出典

関連項目

外部リンク

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