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第一海軍卿

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第一海軍卿
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第一海軍卿 兼 海軍参謀長[2](だいいちかいぐんきょう けん かいぐんさんぼうちょう、First Sea Lord and Chief of the Naval Staff、略称: 1SL/CNS)は、イギリス海軍の武官の最高位[注釈 1]

概要 第一海軍卿兼 海軍参謀長 (1SL/CNS), 組織 ...

国防参謀総長国防参謀次長陸軍参謀総長空軍参謀総長戦略軍司令官と共に参謀長委員会を構成する。

名称

1771年にファースト・ネイヴァル・ロード(First Naval Lord)が設けられ、1868年にファースト・シー・ロード(First Sea Lord)と改称されたが、役割は同じであり、日本語では両者とも第一海軍卿と訳される。

1917年以降の正式名称 First Sea Lord and Chief of the Naval Staff は、第一海軍卿 兼 海軍参謀長[2]と和訳される。

概要

イギリス海軍武官(制服組)の最高ポストである第一海軍卿は、同時に海軍本部委員会(Admiralty Board) の一員でもあり、同委員会における制服組のトップである。

他国の海軍において第一海軍卿に相当する官は、日本では旧海軍軍令部総長海上自衛隊海上幕僚長アメリカにおいては海軍作戦部長である。

1964年に海軍省、陸軍省、航空省が国防省に統合されることとなり、海軍本部も国防省に吸収されたが、第一海軍卿の役職名は維持された。

2017年現在、第一海軍卿は、国防参謀総長を長とする参謀長委員会(それぞれ、アメリカ軍統合参謀本部議長統合参謀本部に相当)のメンバーであり、国防相首相を補佐する。

2020年現在、第一海軍卿を筆頭とする、イギリス海軍のシニア・ネイヴァル・スタッフ(Senior Naval Staff)は下記の通りである[3]

  • 第一海軍卿 兼 海軍参謀総長(First Sea Lord and Chief of Naval Staff)
  • 第二海軍卿 兼 海軍参謀次長(Second Sea Lord and Deputy Chief of Naval Staff):人事・装備・インフラを管掌
  • 艦隊司令官(Fleet Commander):艦船の造修を管掌

ファースト・ロード (First Lord of the Admiralty) との相違

ファースト・ロード (First Lord of the Admiralty)は、海軍本部Admiralty、イギリス海軍を統括・管理する機関における政治家のポストであり、「海軍大臣」あるいは「海軍卿」と和訳するのが一般的である。

通常は、「第一海軍卿」と和訳されていれば、イギリス海軍における最高位の武官であり、本記事の主題である、「ファースト・ネーバル・ロード」または「ファースト・シー・ロード」を指す[4]

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歴代第一海軍卿

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サー・トマス・ハーディ(1830年 – 1834年)

ファースト・ネイヴァル・ロード(1771年 – 1868年)

  • 1771年 – 1775年:オーガスタス・ハーヴィー
  • 1775年 – 1779年:初代準男爵サー・ヒュー・パリザー英語版
  • 1779年 – 1780年:ロバート・マン英語版
  • 1780年 – 1782年:ジョージ・ダービー英語版
  • 1782年 – 1783年:初代準男爵サー・ロバート・ハーランド英語版
  • 1783年:ヒュー・ピゴット英語版
  • 1783年 – 1789年:ジョン・ルーソン=ゴア閣下英語版
  • 1789年 – 1795年:初代フッド男爵サミュエル・フッド
  • 1795年:サー・チャールズ・ミドルトン
  • 1795年 – 1801年:ジェームズ・ガンビア英語版
  • 1801年 – 1804年:初代準男爵サー・トマス・トラウブリッジ
  • 1804年 – 1806年:ジェームズ・ガンビア英語版
  • 1806年 – 1807年:ジョン・マーカム英語版
  • 1807年 – 1808年:ジェームズ・ガンビア英語版
  • 1808年 – 1812年:第2代準男爵サー・リチャード・ビッカートン英語版
  • 1812年 – 1813年:ウィリアム・ドメット英語版
  • 1813年 – 1816年:サー・ジョセフ・ヨーク英語版
  • 1816年 – 1820年:サー・グラハム・ムーア英語版
  • 1820年 – 1827年:サー・ウィリアム・ジョンストン・ホープ英語版
  • 1828年 – 1830年:第10代準男爵サー・ジョージ・コバーン英語版
  • 1830年 – 1834年:サー・トマス・ハーディ
  • 1834年:ジョージ・ヘニッジ・ダンダス
  • 1834年:チャールズ・アダム英語版
  • 1834年 – 1835年:第10代準男爵サー・ジョージ・コバーン英語版
  • 1835年 – 1841年:サー・チャールズ・アダム英語版
  • 1841年 – 1846年:第10代準男爵サー・ジョージ・コバーン英語版
  • 1846年:初代準男爵サー・ウィリアム・パーカー英語版
  • 1846年 – 1847年:サー・チャールズ・アダム英語版
  • 1847年 – 1852年:サー・ジェームズ・ダンダス英語版
  • 1852年:モーリス・フィッツハーディング・バークリー閣下英語版
  • 1852年 – 1854年:ハイド・パーカー英語版
  • 1854年 – 1857年:モーリス・フィッツハーディング・バークリー閣下英語版
  • 1857年 – 1858年:リチャード・サンダース・ダンダス閣下英語版
  • 1858年 – 1859年:サー・ウィリアム・マーティン英語版
  • 1859年 – 1861年:リチャード・サンダース・ダンダス閣下英語版
  • 1861年 – 1866年:サー・フレデリック・グレイ閣下英語版
  • 1866年 – 1868年:サー・アレグザンダー・ミルン英語版

ファースト・シー・ロード(1868年-)

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ルイス・マウントバッテン(1955年 – 1959年)
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脚注

関連文献

関連項目

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