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第169訓練センター (ウクライナ陸軍)
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ヤロスラフ賢公名称第169訓練センター(ヤロスラフけんこうめいしょうだい169くんれんセンター、ウクライナ語: 169 навчальний центр імені князя Ярослава Мудрого)は、ウクライナ陸軍の教育機関。陸軍司令部隷下。デスナ訓練センターとも
部隊はその歴史において、空挺部隊、歩兵部隊、戦車部隊と目まぐるしい変遷をたどり、最終的には今日まで続く教育機関に落ち着いた。
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歴史
要約
視点
第二次世界大戦
1942年12月8日、第二次世界大戦の影響に伴い、赤軍第9空挺軍団を基盤に第68軍隷下の第5親衛空挺師団としてロシア・ソビエト連邦社会主義共和国イヴァノヴォ州で創設された[1][2]。
1943年3月、独ソ戦でロヴァト川渡河作戦に参加し、初陣で戦火の洗礼を浴びて長く激しい戦闘の末に4月に撤退した。第68軍は5月まで川沿いの防衛線を維持したが、第5師団は第68軍の編制から外されて予備軍に転属した[1][2]。
1943年5月、第20親衛狙撃軍団に配属され、夏には回復してクルスク州解放作戦に参加した[1][2]。
1944年1月、ウクライナ方面のチェルカースィ州解放作戦に参加し、ズヴェニゴロドカ市を解放し、名誉称号「ズヴェニゴロドカ」を授与された[1][2]。
1944年春、ソ連国境周辺の解放作戦に参加し、312km以上進撃して8月に国境に到達し、2等スヴォーロフ勲章を授与され、秋にはハンガリーまで進撃してみせた[1][2]。
1945年2月、45日間の激闘の末にドイツ軍守備隊を撃破し、ハンガリーの首都ブダペストを制圧し、赤旗勲章を授与された[1][2]。
1945年4月、第20軍団の他の部隊と協力してハンガリーにおけるドイツ軍最後の拠点ショプロン市を制圧し、オーストリアの首都ウィーンまで進撃して5月に終戦を迎えた[1][2]。
部隊は大戦中、1,922km以上行軍し、ロシア、ウクライナ、モルドバ、ルーマニア、ハンガリー、オーストリアを転戦。敵兵撃破2万9,830人、捕虜1万2,806人の戦果を挙げ、団員26人がソ連邦英雄の称号を授与された[1]。戦後はウクライナ・ソビエト社会主義共和国に移駐した。
1946年7月、第27親衛狙撃軍団に配属され、部隊縮小に伴い、第12独立親衛狙撃旅団に改編された[3]。
冷戦期

1953年10月、部隊増強に伴い、第112親衛狙撃師団に改編された[3][4]。
1957年6月、自動車化に伴い、第112親衛自動車化狙撃師団に改編された[4]。
1958年8月、キエフ州に移駐し、キエフ軍管区に配属された[4]。
1959年11月、チェルニゴフ州に移駐し、ソ連政府は部隊のためにチェルニゴフ郊外に新たにデスナ村を制定した。部隊の功績を称え、村の中心部には記念館が建設された[5]。
1962年5月、訓練部隊化に伴い、第112親衛訓練自動車化狙撃師団に改編された[4]。
1968年6月、装甲部隊化に伴い、第48親衛訓練戦車師団に改編された[4]。
1987年3月、教育機関化に伴い、第169親衛管区訓練センターに改編された[4]。
ウクライナ


1991年12月、ソビエト連邦の崩壊とウクライナの独立で創設されたウクライナ陸軍に編入し、第1軍団に配属された。ウクライナ国民に忠誠を宣誓した最初のソ連軍部隊のひとつだった[4][6]。
ドンバス戦争

2014年3月、ドンバス戦争で部隊は戦闘態勢に入り、8月から最前線の東部ドネツィク州、ルハーンシク州に配備されたが、ウクライナ軍の年間訓練能力が1,500人から150人に減少し、操縦手兼整備士、砲手、擲弾手などの専門職で人員不足が発生した[8]。
2016年8月、名誉称号削除に伴い、第169訓練センターに改称された[9]。
2020年12月5日、ウォロディミル・ゼレンスキー大統領より、名誉称号「ヤロスラフ賢公」を授与された[10]。
ロシアのウクライナ侵攻
→「デスナの兵舎への爆撃」も参照
2022年5月、ロシアのウクライナ侵攻で北部チェルニーヒウ州チェルニーヒウの兵舎がロシア軍のミサイル攻撃を受け、合同新兵訓練に参加していた新兵87人が殺害された[11]。
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編制
第48親衛訓練戦車師団編制
- 師団司令部(デスナ)
- 第5親衛訓練戦車連隊
- 第300親衛訓練戦車連隊
- 第354親衛訓練戦車連隊
- 第389親衛訓練戦車連隊
- 第467親衛訓練砲兵連隊
- 第1121訓練高射ミサイル連隊
- 訓練ミサイル大隊
- 訓練対戦車砲大隊
- 第1377独立訓練偵察大隊
- 第257独立親衛訓練工兵大隊
- 第507独立訓練整備大隊
- 第554独立親衛訓練通信大隊
- 訓練自動車輸送大隊
- 訓練衛生大隊
- 訓練化学防護中隊
第112親衛自動車化狙撃師団編制
- 師団司令部(デスナ)
- 第165親衛自動車化狙撃連隊
- 第354親衛自動車化狙撃連隊
- 第358親衛自動車化狙撃連隊
- 第300親衛戦車連隊
- 第467親衛砲兵連隊
- 第1121高射ミサイル連隊
- 第1377独立偵察大隊
- 第257独立親衛工兵大隊
- 第554独立親衛通信大隊
- 自動車輸送大隊
- 衛生大隊
- 化学防護中隊
第5親衛空挺師団編制
- 師団司令部
- 第1親衛空挺連隊
- 第11親衛空挺連隊
- 第16親衛空挺連隊
- 第6親衛空挺砲兵連隊
- 第13独立親衛空挺自走砲大隊
- 第3独立親衛工兵大隊
- 第4独立親衛通信大隊
- 第7自動車輸送大隊
- 第9独立衛生大隊
- 第2独立親衛偵察中隊
- 第8独立化学防護中隊
- 第12野戦パン屋
- 第10師団動物病院
- 第2393野戦郵便局
- 第1817国立銀行野戦事務所
脚注
外部リンク
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