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離散要素法の付着力モデル

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離散要素法の付着力モデル(りさんようそほうのふちゃくりょくモデル、英: cohesive contact model in the discrete element method)とは、離散要素法(DEM)において、粒子間の接触に起因する引力(付着・凝集力)を表現するための接触力モデルの総称である。

乾燥砂などの非凝集性粒状体では、接触力は主として弾性反発力と摩擦力で記述されるが、湿潤砂・粉体・微粒子などの凝集性材料では、静電力、ファンデルワールス力、液架橋(毛管力)などの短距離引力を考慮した付着力モデルが必要となる。 MDPI +1

DEM における付着力モデルは、接触法線方向の力–変位関係に付着成分を導入することで、安息角の増加、ブリッジング、アーチング、付着による堆積など、凝集性粒状体に特有のマクロ挙動を再現することを目的とする。特に鉱業、農業、製錬、粉体製剤などの産業では、湿潤鉱石・湿潤土・粉体のハンドリング・輸送・貯槽設計のために、付着力モデルの選択とパラメータのキャリブレーションが重要となっている。 MDPI +1

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背景

離散要素法と接触モデル

離散要素法(DEM)は、粒状体や破砕岩盤などを多数の剛体粒子の集合としてモデル化し、各粒子の運動方程式を時間積分することで、材料のマクロ挙動を解析する数値解析手法である。1979年に Cundall と Strack によって提案されて以来、土質力学・粉体工学・鉱業・製薬など広い分野で用いられている。 Wikipedia +1

非凝集性材料の標準的な接触モデルは、法線方向の弾性バネと粘性ダンパ、接線方向のせん断バネとクーロン摩擦スライダ、および転がり抵抗モデルから構成される。法線方向モデルとしては線形弾性モデルまたは Hertz 型非線形弾性モデルが広く利用されており、Kruggel‑Emden らによる詳細なレビューが知られている。 ScienceDirect +1

凝集性材料では、これらに加えて、粒子間に作用する付着力成分を接触モデルに導入する必要がある。付着力は主として法線方向成分であり、バルクの凝集挙動の大部分を支配するため、多くの付着力モデルは法線方向の力–変位関係の拡張として定式化される。 MDPI +1

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付着力の物理的起源

レビュー論文 Coetzee & Scheffler (2023) では、DEM における付着力の起源として、静電力、ファンデルワールス力、液架橋(毛管力)の 3 つが重点的に扱われている。 MDPI

静電力

静電力は、粒子表面に帯電した電荷に起因するクーロン力であり、乾燥粉体や絶縁性粒子で問題となる。Coulomb の法則に従って粒子間距離の 2 乗に反比例するが、粒子表面電荷量の評価が難しいこと、湿潤系では導電性の液相により速やかに放電することから、実用上重要となる場面は限定的である。一般に、粒径がサブ 100 µm 程度以下の乾燥粉体で、かつ他の凝集メカニズムが弱い場合に顕在化する。 MDPI

ファンデルワールス力

ファンデルワールス力は、分子間力に起源を持つ短距離引力であり、すべての材料に常在する。接触力学では、弾性接触(Hertz 接触)とファンデルワールス力を統一的に扱う理論として Johnson–Kendall–Roberts (JKR) 理論が広く用いられている。ファンデルワールス力は粒径が十分小さい微粉体で重要性が増すが、典型的なバルク粉粒体流動においては、液架橋力に比べて支配的でない場合が多いとされる。 MDPI +1

液架橋力(毛管力)

液架橋(capillary liquid bridge)は、2 つの粒子間に存在する液体(多くは水)により形成されるメニスカスに起因する引力である。液架橋による凝集力は、表面張力による界面張力成分と、液相と気相の静水圧差による圧力成分の和として理解される。 MDPI +1

湿潤粉粒体の状態は、液体飽和度によって「乾燥」「ペンデュラー」「ファニキュラー」「キャピラリー」などに分類され、低飽和度のペンデュラー状態では個々の粒子対間の独立した液架橋が支配的と考えられる。液架橋力は粒径数 mm 程度まで粒子自重を上回りうるため、鉱石・土砂・穀物など多くの工業材料で主要な凝集メカニズムとなる。 MDPI

Coetzee & Scheffler は、静電力とファンデルワールス力は典型的な湿潤バルク系では液架橋力に比べて小さいため、液架橋力が存在する場合には多くの応用で無視可能と結論付けている。 MDPI +1

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付着力モデルの分類

要約
視点

Coetzee & Scheffler (2023) は、凝集性粒状体の DEM 解析で広く用いられる付着力モデルを、共通の記法で整理している。ここでは代表的なモデルを中心に概説する。 MDPI +1

転がり抵抗モデル

付着そのものではないが、凝集性材料のバルク挙動の再現には、転がり抵抗モデルが重要である。特に球形粒子のみで形状の角張りやかみ合わせを表現できない場合、転がり抵抗により見かけのせん断抵抗や堆積角を調整する。Ai らの分類に基づく「タイプ C」モデルは、多くの DEM コードで推奨される形式であり、法線力に比例した最大転がりモーメントを規定する。 MDPI +1

Luding の弾塑性付着モデル

Luding による履歴依存型弾塑性・付着モデルは、高い圧密荷重下での塑性変形による接触面積の増大と、それに伴う付着力の増加を表現するモデルである。Walton & Braun の線形ヒステリシスモデルを拡張し、ロード・アンロード経路と付着分岐を区別することで、応力履歴依存性(履歴を持つ付着力とエネルギー散逸)を再現する。入力パラメータとして、初期剛性、塑性比、付着剛性などを持ち、粉体圧縮や高圧混練など接触応力が大きい系で用いられる。 MDPI

エジンバラ弾塑性付着モデル(EEPA)

Edinburgh Elasto‑Plastic Adhesion (EEPA) モデルは、Luding モデルを発展させ、表面エネルギーに基づき JKR 理論と整合する形で最大引張力(プルオフ力)を定義したものである。弾塑性挙動と付着の双方を履歴依存で扱えるため、応力履歴による粉体流動性の変化やラミネーションなどを詳細に再現できる。一方で、パラメータ数が多く、計算負荷も高くなる傾向があり、同一条件で比較した場合、簡易モデル(SJKR-E など)に比べて数倍の計算時間を要するとの報告がある。 MDPI +1

JKR モデル

Johnson–Kendall–Roberts (JKR) モデルは、弾性接触に表面エネルギーによる付着力を組み込んだ理論であり、Hertz 接触に比べて大きな接触面積と負の(引張)法線力を許容する。JKR 理論の一般式では、接触パッチ半径と法線オーバーラップの間に非線形の関係が存在し、DEM 実装では接触半径の解を逐次求める必要があるため、数値的な負荷が高い。 MDPI

簡易 JKR モデル(SJKR)

JKR モデルの計算効率の低さを踏まえ、さまざまな「簡易 JKR(simplified JKR, SJKR)」モデルが提案され、商用 DEM コードにも広く実装されている。Coetzee & Scheffler は、既存の実装を整理し、SJKR-A から SJKR-F までの新たな命名規則を提案している。 MDPI +1

SJKR-A:フル JKR と同一の力学式を用いるが、負のオーバーラップ(粒子間のギャップ)を認めず、オーバーラップ 0 で接触を解消するモデル。非可逆な履歴挙動は課されない。

SJKR-B~F:法線力を「弾性成分」と「付着成分」に分離し、弾性成分は Hertz–Mindlin モデル、付着成分は表面エネルギーや最大引張力に比例する単純な関数で表現する。接触面積近似の方法や、負のオーバーラップの扱いの違いにより複数のバリアントが存在する。

SJKR 系モデルは、実装が容易で計算コストも低いため、湿潤砂・湿潤鉱石・農業資材などの工業応用で広く用いられている。一方で、フル JKR に比べてエネルギー散逸や履歴依存性の表現力は制限される。 MDPI +1

液架橋接触モデル

液架橋モデルは、粒子間の液体メニスカスによって生じる毛管力を直接モデル化する。一般に、(1) 架橋液体量に基づく破断距離、(2) 表面張力と粒径に基づく最大引張力、(3) 接近・離反時の力–変位履歴(破断までの経路)という 3 要素から構成される。Lian らや Lambert らの近似式に基づくモデルが多く用いられ、破断距離は液量の 1/3 乗に比例し、最大引張力は表面張力と粒径の積に比例することが知られている。 MDPI +1

液架橋モデルは、ペンデュラー域の湿潤砂や湿潤鉱石など、液架橋が支配的な系で物理的解釈性が高い一方、飽和度が高くなるとメニスカスの相互作用や連結液相の影響が無視できなくなるため、適用範囲には注意が必要とされる。 MDPI

線形付着モデル(Gilabert のモデル)

Gilabert らの線形付着モデルは、ファンデルワールス力あるいは液架橋力の力–距離関係を、最大引張力と有効作用距離の 2 つのパラメータを持つ線形バネとして近似するものである。法線力は非付着時の線形接触モデルに、一定傾きの引張バネ成分を重ね合わせた形で表され、せん断成分は従来のクーロン摩擦則を踏襲する。最大引張力はオーバーラップ 0(粒子が接している状態)で発生し、液架橋モデルの線形化と見なすこともできる。 MDPI

線形付着モデルは、パラメータ数が少なく数値的に安定であることから、大規模なバルク解析や、多数のケーススタディを要するキャリブレーション研究で広く使用されている。 MDPI +1

接線方向モデルと転がり抵抗における凝集効果

凝集性材料では、法線方向の付着力に加えて、せん断方向および転がり方向の抵抗にも付着の影響が現れる。多くのモデルでは、クーロン摩擦則の閾値に付着力成分を加えることで、見かけのせん断強度や内部摩擦角の増加を表現する。具体的には、「せん断力 ≤ μ (法線力 + 付着力)」のように、Mohr–Coulomb 包絡線の切片がシフトする形で実装される。 MDPI +1

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パラメータのキャリブレーション

概要

DEM の入力パラメータ(弾性係数、摩擦係数、付着パラメータなど)は、粒子レベルで直接測定することが難しい場合が多く、バルク試験との同定(キャリブレーション)が不可欠である。非凝集性材料向けのキャリブレーション手法(安息角試験、ホッパー排出試験など)は成熟しているが、凝集性材料では同じ試験でも角度が急峻になり、凝集パラメータの変化に対する感度が低くなるなどの問題が指摘されている。 MDPI

Coetzee & Scheffler は、主として鉱業・農業分野の研究を対象に、凝集性材料のキャリブレーション実験と手法を体系的にレビューし、推奨される戦略を示している。 MDPI +1

キャリブレーション戦略

多くの研究では、以下のような二段階戦略が推奨されている。

乾燥状態(非凝集)のパラメータをキャリブレーションする そのパラメータを固定した上で、湿潤状態や高凝集状態のバルク挙動に合わせて付着パラメータのみを調整する

この戦略により、付着パラメータと非凝集パラメータの相互作用による同定の不良(パラメータ非一意性)をある程度抑制できるとされる。 MDPI +1

代表的なキャリブレーション試験

レビュー論文では、次のような試験が凝集性材料のキャリブレーションに用いられている。

ドローダウン試験 箱やホッパーから材料を重力排出させ、排出後の堆積形状(安息角、残留角度、高さなど)を計測する。湿潤砂や湿潤鉱石の流動・堆積挙動に対する感度が高く、JKR や SJKR、液架橋モデルなどの付着パラメータ同定に用いられる。

安息角試験・スランプ試験 シリンダー内に充填した材料を持ち上げる、または円板上に押し上げることで堆積山を形成し、その安息角と高さを評価する。従来は非凝集性材料の摩擦係数同定に用いられてきたが、凝集性材料のキャリブレーションにも応用されている。ただし、高凝集状態では角度変化が小さく、感度が低下することが指摘される。

一軸圧縮試験・リングせん断試験 粉体の圧縮剛性や降伏応力、内部摩擦角・粘着力(Mohr–Coulomb パラメータ)を評価し、DEM の接触剛性や付着パラメータを同定する。特に EEPA や弾塑性付着モデルでは、応力履歴や圧密レベルに応じたバルク応答との比較が重要となる。 MDPI +1

近年では、ドローダウン試験や安息角試験など複数の試験結果を同時に再現するよう、遺伝的アルゴリズムやベイズ最適化などの自動キャリブレーション手法を用いる研究も増えている。 MDPI

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計算コストとソフトウェア実装

フル JKR や EEPA のような履歴依存・非線形の付着力モデルは、時間刻みごとに非線形方程式を解く必要があり、線形付着モデルや一部の SJKR モデルに比べて計算コストが高い。Roessler & Katterfeld の報告では、同等の条件下で EEPA モデルの計算時間は SJKR-E モデルの約 2 倍、Luding 型弾塑性付着モデルは SJKR-E よりも平均 20 % 程度遅いとされている。 MDPI +1

そのため商用 DEM コード(EDEM, Rocky DEM, LIGGGHTS など)では、計算コストと物理的忠実度のトレードオフを考慮し、SJKR 系モデルや線形付着モデル、簡略液架橋モデルがデフォルト実装として用意されることが多い。高精度が要求される粉体圧縮やタブレット成形などでは EEPA やフル JKR が用いられる一方、大規模なバルク流動・ホッパー・輸送系の設計では簡易モデルが主流である。 MDPI +1

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応用例

離散要素法の付着力モデルは、次のような応用に用いられている。

湿潤鉄鉱石・石炭・ボーキサイトなどのホッパー排出、ベルトトランスファーチュート、ストックパイル形成の解析

農業分野における湿潤土壌や肥料、種子の搬送・散布性能評価

製剤・粉体工学における微粉体の凝集・分散、混合・造粒・成形プロセスの設計

部分飽和砂の動的挙動や液状化メカニズムの解析

これらの応用では、材料の粒径スケール・含水率・応力レベルに応じて支配的な付着メカニズムが異なるため、適切な付着力モデルの選択とパラメータキャリブレーションが重要となる。 MDPI +1

課題と研究動向

DEM の付着力モデルには、以下のような課題が残されている。

粒子形状の非球形性と付着力の相互作用(角張った粒子のかみ合わせと付着の区別)

メゾスケールでの液体ネットワーク(ファニキュラー・キャピラリー状態)の表現

粉体圧縮や造粒などにおける塑性変形と付着の複合効果

粒径スケーリングや粒子粗視化と付着パラメータのスケーリング則

Coetzee & Scheffler は、今後の研究課題として、(1) 付着力モデルの標準化と命名規則の整理、(2) キャリブレーション試験の感度分析と標準手順の確立、(3) 粒子形状表現(球、マルチスフィア、ポリヘドラ)と付着力モデルの組み合わせ効果の体系的評価などを挙げている。 MDPI +1

関連項目

離散要素法

粒状体

粉体工学

土質力学

接触力学

毛管現象

脚注

参考文献

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