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首領になった男
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『首領になった男』(ドンになったおとこ)は、1991年5月11日公開の日本映画である。松方弘樹の初プロデュース作品。製作・松プロダクション、配給・東映。
製作
東映Vシネマの成功を見て、機を見るに敏な松方弘樹は、自らVシネマを作ろうと企画[1]。マネージャーの川野孝右に「ちょっといいVシネマを作ろうや」と準備を始めていたら、岡田茂東映社長に「ちょっと川野、来い」と呼び出され、「お前んとこ、映画作ってるんだって?」と聞かれ全部話したら、岡田から「本編(劇場用映画)にしろや」「金はかかったっていいじゃねぇか、上りも違うがな」と言われた[1]。岡田は1991年5月公開を予定していた番組が急に飛んだため、製作中の映画を探していた[1]。松方が十数年で知り合った実業家から資金の調達だけ行い[1][2]、後は一連の東映ヤクザ映画と同じパターンで映画が製作され、配給も東映が行った[2]。松方は表立って何もしなかった[2]。ただ、ビデオに関しては、松方サイドが全て権利を持つという条件であった[2]。
興行
映画興行はトントンだったが、ビデオの売上げ分が利益としてプラスになり、出演者に安いギャラで頼んで出てもらったこともあって、松方は出演者に利益を還元した[2]。100万円ずつ上乗せしてギャラを払い、大スターにとっては100万円は大した額ではないが、みんな感動し映画界にこの話が広まり美談になった、と山城新伍は著書に書いているが[2]、松方はブログで、2億7千万円で映画を作り、見事に当り出資者に三割配当つけて3億ナンボで返し、それでビデオを売って、テレビ放映権も売って、まだ2億ナンボ残ったため、撮影で使ったジェット機を借りて、ハワイにゴルフ旅行、台湾にグルメ旅行、加賀百万石で2泊3日の打ち上げ大宴会を基本的に映画のスポンサーとその家族の接待をして1000万円ほとんど全部使い切った、などと話している[3][4][5][6]。本作が当たって岡田社長がプロデューサー連中に「弘樹や川野みたいなトーシロに儲けられてたまるか、馬鹿野郎ッ!」と怒鳴ったといわれている[1]。
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キャスト
スタッフ
脚注
参考文献
外部リンク
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