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1990年ドイツ民主共和国人民議会選挙
東ドイツの選挙 ウィキペディアから
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1990年ドイツ民主共和国人民議会選挙(1990ねんドイツみんしゅきょうわこくじんみんぎかいせんきょ、ドイツ語: Volkskammerwahl 1990)は、1990年3月18日にドイツ民主共和国(東ドイツ)で行われた人民議会議員の総選挙である。
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概要


前年1989年の東ドイツの民主化とそれに続くベルリンの壁崩壊で、社会主義統一党 (SED) の一党独裁体制が崩壊し、新たな政府を発足させるために行われた選挙である。
この選挙によって東西ドイツの早期統一を掲げる勢力が勝利し、同年10月に東西ドイツが統一されたため、東ドイツにとっては最初で最後の自由選挙となった(それ以前の選挙は、予め議席数の決まったリストに賛否を問うものでしかなかった)[1]。この地域で行われた自由選挙としては、1932年11月ドイツ国会選挙以来実に57年ぶりである[注 1]。
選挙データ
内閣
- 選挙前:モドロウ内閣(第5代)
- 首相:ハンス・モドロウ
- 選挙後:デメジエール内閣(第6代)
- 首相:ロタール・デメジエール
投票日
- 1990年3月18日
改選数
- 400(
100)
選挙制度
- 比例代表制
- 35:ベルリン(東ベルリン)
- 46:ドレスデン県
- 48:カール=マルクス=シュタット県
- 37:ライプツィヒ県
- 22:ゲーラ県
- 34:エアフルト県
- 17:ズール県
- 47:ハレ県
- 34:マクデブルク県
- 25:コトブス県
- 31:ポツダム県
- 21:フランクフルト (オーダー)県
- 19:ノイブランデンブルク県
- 18:シュヴェリーン県
- 26:ロストック県
- 議席阻止条項はなし
- 得票は全国レベルで集票して各党に比例配分(ニーマイアー式による議席配分)
- 次に各選挙区に選挙区毎の得票数に応じて、配分される。
- 政党への助成 - 有効得票総数の 0.25% を得た政党には、1票につき5マルクが国庫補助金として支給される。
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選挙結果
党派別獲得議席
脚注
関連項目
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