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DIXON法

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DIXON法(ディクソンほう、英: Dixon method)は、磁気共鳴画像法(MRI)における水と脂肪の分離撮像技術の総称である。複数のエコーを利用して信号を再構成することで、従来の脂肪抑制法と比較して均一性の向上が期待でき、脂肪定量や鉄定量といった定量評価を可能にする点が特徴である。特に肝疾患や代謝性疾患の診断、筋骨格・心臓・乳腺領域などで臨床応用が広がっており、MRI-PDFFや化学シフト符号化(CSE)による脂肪・鉄定量が国際的なガイドラインで取り上げられている。一方で、磁場不均一や動きに伴うアーチファクトの影響を受けやすいという制約もあり、改良型手法の研究が進められている。

歴史と原理

DIXON法は1984年に米国の物理学者ウィリアム・トーマス・ディクソンによって初めて提案されたMRIシーケンスであり、水と脂肪のプロトンがわずかに異なる共鳴周波数を持つことを利用して画像を分離する手法である[1]。この方法は、水と脂肪の信号が同位相(in-phase)および逆位相(opposed-phase)になるタイミングで画像を取得し、それらを加算・減算することで、水画像と脂肪画像を再構成できるという原理に基づいている。従来の脂肪抑制法と異なり、化学シフトそのものを利用するため、比較的均一な信号分離が得られると報告されている[2]

当初の2点Dixon法では、同位相像と逆位相像を取得することで水と脂肪を分離していたが、磁場不均一により信号の誤差が生じやすいという課題があった。その後、3点Dixon法やマルチエコー法が開発され、B0不均一性や緩和時間の影響を補正できるようになり、信頼性が大幅に向上した[3]。特に、マルチエコーを用いる手法は水と脂肪の信号強度を定量化する上で有効であり、プロトン密度脂肪率(proton density fat fraction: PDFF)の標準化に寄与している[4]

日本においてもDixon法の原理と改良は広く研究され、特に肝疾患や代謝性疾患の画像診断における脂肪定量の標準的手法として確立されつつある。近年では3T装置を含む高磁場MRIや多エコー取得技術の発展により、脂肪定量の精度はさらに向上している[5]

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手法と画像再構成

DIXON法に基づく水と脂肪の分離は、取得するエコー数や再構成手法の違いにより多様なアプローチが存在する。基本的には2点法と3点法があり、2点法は同相・反相のエコーを用いる単純な手法であるのに対し、3点法は位相差を異なるタイミングで取得することで磁場不均一(B0 inhomogeneity)の補正を可能にする。さらに、マルチエコー法として発展したIDEAL(Iterative Decomposition of water and fat with Echo Asymmetry and Least-squares estimation)は、非対称エコーを組み合わせて反復的に最小二乗推定を行うことで、ノイズ性能を最大化しつつ水脂肪分離を実現する点に特徴がある[6]

再構成アルゴリズムにおいては、正確な脂肪定量を可能とするために磁場マップの推定が重要である。Yuらは水脂肪分離を用いたプロトン密度脂肪分率(PDFF)の精度検証を行い、脂肪定量における高い再現性とバイオマーカーとしての有用性を示した[7]。一方で、短いエコー時間間隔を用いる場合には解の多義性が生じやすく、誤った磁場推定によるアーチファクトが問題となる。この課題に対し、低解像度再構成を利用した領域拡張アルゴリズムによりエイリアスの解を回避し、磁場マップ推定の安定化が示唆されている[8]

撮像シーケンスの工夫としては、IDEALを高速3次元投影再構成(3DPR)と組み合わせることで、広範囲撮像での水脂肪分離が改善したとする報告がある。この手法では、磁場不均一の影響を受けやすい体幹部や関節領域においても、脂肪抑制の破綻が少ない高画質画像が得られることが報告されている[9]。さらに、解析的な3点法の拡張として、等間隔または不等間隔のエコー取得を柔軟に扱えるアルゴリズムも提案されており、スパイラル撮像と組み合わせることで高精細かつ高効率な水脂肪分離を達成できる[10]

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撮像技術と最適化

DIXON法の撮像技術においては、撮像条件の最適化が画質や診断能に直結するため、エコー時間(TE)の選択や磁場強度に応じた調整が重要となる。典型的には1.5Tで約2.2ms、3Tで約1.1msの間隔で同相/反相が入れ替わるとされる。この特性を理解したうえでTEを設定することにより、信号分離の効率を高めることができる[11]

撮像パラメータの最適化には信号雑音比(SNR)と撮像時間のバランスが求められる。DIXON法は複数のエコー取得を必要とするため撮像時間が延長する傾向があるが、並列撮像や再構成の改良により撮像時間を短縮できる場合がある。また、CHESSやSTIRと比較し、磁場不均一に対する耐性やSNRの点で有利とする報告がある[12][13]

さらに、従来法との比較においてもDIXON法の優位性が示されている。特に筋骨格系のMRIでは、金属インプラント周囲や広い視野を必要とする領域で化学シフト法やSTIR法の不均一抑制を補完し、均一な脂肪抑制を提供できる点が評価される[14]。また、DIXON由来の脂肪画像(fat-only image)は、脂肪組織の描出を目的とする場合に限り、一部の部位でT1強調像の代替的手段となり得ることが報告され、撮像プロトコルの簡略化や時間短縮に寄与している。[15]

臨床応用

Dixon法は臨床領域において広範に用いられており、とくに肝疾患の評価ではMRI-PDFFなどが広く利用されている。肝脂肪の定量においては、多エコーDixon法を用いたプロトン密度脂肪分率(MRI-PDFF)が広く利用され、病理学的脂肪量との高い相関が報告されている。国際的なQIBAプロファイルでは、取得条件や再構成法を含めた標準化要件が提示され、施設間・機器間での一貫性確保が推奨されている[16]

非アルコール性脂肪性肝疾患(MASLD, 従来NAFLD)の診療ガイドラインにおいても、MRI-PDFFやR2*測定を基盤とする化学シフト符号化(CSE)技術は非侵襲的バイオマーカーとして位置づけられている。米国肝臓学会(AASLD)は、脂肪定量とともに線維化リスク評価における有用性を強調しており[17]、欧州のEASL–EASD–EASO合同ガイドラインも同様に、多エコーDixonを含むMRIベースの手法を臨床研究と診療実装の双方で推奨している[18]

鉄過剰症の評価では、Dixon法を拡張したR2マッピングが有用とされる。肝臓におけるR2*(またはR2)測定は肝鉄濃度と相関を示すと報告されており、従来の生検に代わる非侵襲的指標として確立しつつある。CSE-MRIによるR2解析では、複素信号処理によって脂肪や位相誤差の影響を補正し、2Dと3D取得間でも高い再現性が確認されている[19]

肝臓以外にも、骨格筋の脂肪浸潤評価、乳腺や小児領域での脂肪抑制撮像、さらに心臓MRIにおける脂肪-水分離など、幅広い応用が報告されている。とくに心血管領域では、心電図同期を組み合わせたマルチエコーDixonが報告されており、拍動の影響を抑えながら脂肪と水の分離画像を取得できる[20]。また、PET/MRIの減弱補正に脂肪・水分離情報を活用する報告があり、定量精度の改善に寄与している。

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利点と欠点

DIXON法の最大の利点は、脂肪と水の信号を分離することで高精度な脂肪抑制と脂肪定量を実現できる点にある。従来のCHESS法やSTIR法などの脂肪抑制手法と比べ、磁場不均一に対する耐性が高く、均一な抑制効果を得やすいとされる[21]。さらに、プロトン密度脂肪分率(PDFF)を用いることで、肝臓や筋肉における脂肪含有量を標準化された形で数値化でき、非侵襲的なバイオマーカーとして広く応用されている[22][23]。また、DIXON法は多エコー収集や位相補正アルゴリズムと組み合わせることで、磁場強度や装置間での再現性を確保しやすく、心臓や乳腺、全身MRIなど多様な臨床領域で活用されている[24]

一方で欠点も存在する。代表的な問題は、脂肪と水がほぼ同量に含まれるボクセルでは信号が相殺され、偽の低信号領域として描出される点である。また、磁場不均一や動きアーチファクト、ケミカルシフトの影響を受けやすく、特に短いエコー時間を用いる撮像では位相アンラップの誤りにより誤ったフィールドマップが得られることがある[25]。こうした課題に対応するため、マルチエコーDixon法や改良型の再構成アルゴリズムが開発されており、信頼性の高い水・脂肪分離が可能になってきている。

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脚注

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