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K・J・イエースダース

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K・J・イエースダース
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K・J・イエースダース(K. J. Yesudas、1940年1月10日 - )は、インドプレイバックシンガー伝統音楽、奉納歌、映画音楽など幅広い分野で活動し[1]、インド音楽史上最も偉大な歌手の一人に挙げられ[2][3]、出身地のケララ州においては文化的象徴として認識されている[4][5]。また、これまでのインド音楽界への多大な貢献から「ガーナガンダルヴァン(Gaanagandharvan、意味:天界の歌手)」とも呼ばれている[6][7]。60年以上のキャリアを通して5万曲以上のレコーディングに参加しており[8]マラヤーラム語タミル語カンナダ語テルグ語ヒンディー語トゥル語オリヤー語ベンガル語マラーティー語アラビア語英語ラテン語ロシア語など様々な言語の楽曲に参加した[9][10][11]

概要 基本情報, 出生名 ...

イエースダースは国家映画賞 男性プレイバックシンガー賞英語版の歴代最多受賞記録(8回受賞)を持つほか[12]フィルムフェア賞 南インド映画部門や各州が主催する州映画賞など多くの映画賞を受賞しており[2]インド政府からはパドマ・シュリー勲章パドマ・ブーシャン勲章パドマ・ヴィブーシャン勲章英語版を授与されている[13][14]。また、2005年にはケララ州政府英語版からJ・C・ダニエル賞を授与されている。

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生い立ち

コーチン藩王国フォート・コーチ英語版に暮らす古典音楽家・舞台俳優オーガスティン・ジョゼフ英語版とエリザベス・ジョゼフの息子として生まれた。イエースダースには姉(プシュパ)、弟(アントニー、バーブ、マニ、ジャスティン)、妹(ジャヤンマ)がいるが[15]、プシュパとバーブは幼少期に熱病で死去し、ジャスティンは2020年2月に62歳で死去している。

イエースダースは父の親友でT・N・ラージャラトナム・ピッライ英語版の弟子でもあるクンジャン・ヴェール・バーガヴァタルから音楽を学び、成長後はトリプニトゥル英語版RLV音楽芸術大学英語版に進学した。その後はティルヴァナンタプラムスワティ・ティルナル音楽大学英語版に進学し、カルナーティック音楽英語版の巨匠K・R・クマラスワーミ・アイヤルとセンマングディ・シュリーニヴァーサ・アイヤル英語版から指導を受けたものの、経済的な理由で学業を断念している。また、短期間だがヴェチョール・ハリハラ・スブラマニア・アイヤルからも音楽を学んでおり、その後はチェンバーイー英語版から音楽を学んでいる[16]

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キャリア

要約
視点

歌手活動

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K・J・イエースダース夫妻とS・P・バーラスブラマニアム夫妻(2016年)
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K・J・イエースダースとS・P・バーラスブラマニアム(2017年)

1961年11月14日にM・B・シュリーニヴァーサン英語版が作曲を手掛けた「Jaathi Bhedam Matha Dwesham」のレコーディングに参加し、プレイバックシンガーとしてデビューした。この曲はケララ州出身の詩聖・社会改革者ナーラーヤナ・グル英語版の生涯を描いた『Kalpadukal』の挿入歌であり、ナーラーヤナ・グルの詩を歌詞に取り入れている。イエースダースはP・リーラー英語版サンタ・P・ナーヤル英語版K・P・ウダヤバーヌ英語版S・ジャーナキ英語版P・バースカラン英語版など著名な歌手・作詞家と交流し、デビューから数年後にはM・B・シュリーニヴァーサン英語版G・デーヴァラージャン英語版V・ダクシナムールティ英語版Br.ラクシュマン英語版M・S・バーブラージ英語版など著名な音楽監督から指名を受けるようになり、マラヤーラム語映画を中心にタミル語映画、テルグ語映画、カンナダ語映画で活動するようになった[3]。1962年に参加した『Bharya』の楽曲でブレイクし、その後も『Bommai』『Konjum Kumari』『Udhyogastha』の楽曲でヒットを記録した。また、1965年にはソビエト連邦の招待で各都市を巡り音楽コンサートを開催し、ラジオ・カザフスタンに出演した際にはロシアの楽曲を歌っている[17]。1970年にはケララ・サンギータ・ナータク・アカデミー英語版の会長に就任し、同組織の最年少記録を更新した[17]

南インド映画界で人気を獲得した後、1970年代にヒンディー語映画に進出した。彼は『Jai Jawan Jai Kissan』でヒンディー語映画デビューし、『Chhoti Si Baat』の挿入歌「Jaaneman Jaaneman」でブレイクした。その後はアミターブ・バッチャンアモール・パレカルジーテンドラ英語版などの人気俳優の歌曲シーンを任され、ラヴィンドラ・ジャイン英語版バッピー・ラヒーリー英語版ムハンマド・ザーフル・ハイヤーム英語版ラージ・カマル英語版サリル・チョーダリー英語版などが手掛けた楽曲の歌手を務めた。この時期に最も人気を集めた楽曲は、1976年に参加した『Chitchor』の楽曲だった。1999年11月14日にパリで開催された音楽イベント「ミュージック・フォー・ピース」で、UNESCOから「音楽・平和活動における顕著な功績」を称えられて名誉賞を授与された[18]。2001年にはミュージック・アルバム「Ahimsa」に参加してサンスクリット語、ラテン語、英語の楽曲をカルナーティック、ニューエイジ・ミュージックなど様々な形式で楽曲をレコーディングしている[19]。また、中東で開催される音楽コンサートではアラビア語の楽曲をカルナーティック形式で歌っており[20]、海外公演を通してインド音楽を世界に広めるための役割も担っている。このほか、G・デーヴァラージャンが作曲し、イエースダースが歌手を務めた奉納歌「ハリヴァラーサナム英語版」がサバリマラ寺院に奉納されており、これ以降は寺院が閉門する際に同曲が毎日流されるようになった[2]。彼は1970年代から1980年代にかけて高い人気を集め、全盛期には一日で複数の言語の楽曲11曲をレコーディングしたという[21]。また、2006年には一日で16曲のレコーディングを行っている[22]

音楽事業

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クラシック・コンサートに出演するK・J・イエースダース(2011年)

1975年にケララ州政府英語版の認可を得てティルヴァナンタプラムにタランガニサリ音楽学校を設立し、後進の育成に努めている[23]。同校では一般向けに音楽鑑賞教室も開催しており[24]、かつてはペルンバヴォール・G・ラヴィーンドラナート英語版が教師として勤務していた[25]。同校の卒業生には作曲家のモーハン・シタラ英語版やムラリ・シタラ[26][27]、ギタリストのジョン・アントニーがいる[28]

1980年にはティルヴァナンタプラムに音楽会社タランギニ・レコーズ英語版を立ち上げている。同社は1992年に本社とレコーディング・スタジオをチェンナイに移転し、1998年にはアメリカ合衆国でも法人化して事業を展開するようになった。同社はケララ州におけるレコーディング・センターの役割を果たし、マラヤーラム語映画の楽曲のステレオ・オーディオ・カセットを初めて流通させたほか、イエースダースが出演する映画音楽・古典音楽のコンサートのプロデュースも手掛けている[29]

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私生活

1970年2月1日にマラパリー英語版でプラバと結婚式を挙げ、彼女との間に3人の息子(ヴィノード、ヴィジャイ、ヴィシャール)をもうけた。このうち次男のヴィジャイは歌手として活動しており、ケララ州映画賞 男性プレイバックシンガー賞英語版を受賞している[30]

イエースダースは、ナーラーヤナ・グルが記した「全人類にとって一つの宗教、一人の神」という言葉に大きな影響を受けたと語っており、尊敬する歌手としてモハメド・ラフィ、チェンバーイー、M・バーラムラリクリシュナ英語版を挙げている[31]。彼は60歳の誕生日を迎えた2000年以降、毎年コルール英語版のコルール・ムーカンビカ寺院を訪れてサラスヴァティーキルタンを歌っており、70歳の誕生日を迎えた2010年には70人の歌手を集めてムーカンビカ英語版に奉納歌を捧げている[32][2][33]

ディスコグラフィー

フィルモグラフィー

俳優

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作曲家

  • Azhakulla Saleena(1973年)
  • Theekkanal(1976年)
  • Sanchari(1981年)
  • Abhinayam(1981年)
  • Poocha Sanyasi(1981年)
  • Ellaam Ayyappan(1988年)
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受賞歴

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インド大統領プラナブ・ムカルジーからパドマ・ヴィブーシャン勲章を受け取るK・J・イエースダース(2017年)
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インド大統領ラーム・ナート・コーヴィンドから国家映画賞男性プレイバックシンガー賞を受け取るK・J・イエースダース(2018年)
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書籍

  • Yesudasinte Kadha (SPCS - NBS - 1981):マラヤーラム語の伝記。マトゥクッティ・J・クンナッパリ著[83]
  • Ezhissai Nayakan (Manimekalai Prasuram - 1998):タミル語の伝記。R・カンディーパン著、R・スンダリーサン英訳[84]
  • Yesudas: the King of Melodies (Manimekalai Prasuram - 2000):タミル語の伝記。R・カンディーパン著、R・スンダリーサン英訳[85]
  • The Greatest Singer Yesudas (Manimekalai Prasuram - 2005):タミル語の伝記。R・カンディーパン著、R・スンダリーサン英訳[86]
  • My Life and My Thoughts (Ayaan Publications - 2010):イエースダースによる自伝。複数の雑誌にマラヤーラム語で掲載された記事をK・V・ピシャラディが英訳している[87]
  • Athisayaragam (Mathrubhumi Books英語版 - 2011):ラヴィ・メーノーン著。イエースダースを中心に当時のスター俳優・歌手を取り上げている[88]
  • Das Capital (Mathrubhumi Books - 2011):スバーシュ・チャンドラン英語版[89]
  • Sangeethame Jeevitham (Lipi Publications - 2012):イエースダースの技能を網羅した総合的な学問書。クニカンナル・ヴァニメル著[90]
  • Yesudas: Oppam Nadanna Camera (Mathrubhumi Books - 2012):写真集。1963年以降に撮影された150枚以上の写真が掲載されている。P・I・デーヴィド著[91]
  • Swaragandharvam (The New Media Space Books - 2014):サジ・シュリーヴァルソン著[92]
  • Pattinte Palazhi (Saikatham Books - 2017):伝記全集。マトゥクッティ・J・クンナッパリ著[93]
  • Ithihaasa Gaayakan (Manorama Books英語版 - 2020):シャジャン・C・マシュー著[94]
  • Yesudas: Malayalathinte Swarasagaram (SPCS - NBS - 2021):キャリア60周年を記念して出版された書籍。歌手・批評家・ファンの批評記事をまとめた書籍。S・サーラダクッティ英語版[95]
  • Yesudas: Sagarasangeetham (Kerala Bhasha Institute英語版 - 2024):G・B・ハリンドラナート著[96]
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出典

関連項目

外部リンク

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