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XENONダークマター直接探索実験

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XENON実験は、イタリアグラン・サッソ国立研究所により地下実験施設で行われている、ダークマターの直接探索を目的とした実験である。実験研究代表者は、コロンビア大学エレナ・アプリーレ英語版。液体キセノンを標的として用い、ダークマターの候補の1つであるWIMPsの核反跳による相互作用を検出することを目的とする。

実験では二相式のタイムプロジェクションチェンバー(TPC)英語版と呼ばれる検出器を使用し、粒子の反応によって発生したシンチレーション光と電離信号を検出する。予想される背景事象と比較して、反応量の超過が観測されればダークマターの直接発見となりうる。

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検出原理

要約
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二相式TPCの概念図

XENON実験では、二相式のタイムプロジェクションチェンバー(time projection chamber, TPC)を検出器に使用している。図に示す通り、二相式TPCは液体の相(図中でLXe)とその上にある気体の相(図中でGXe)によって形成されている。液体の相の底面及び気体の相の上面にそれぞれ多数の光電子増倍管(photomultiplier tube, PMT) が設置され、反応によって液相と気相で発生したシンチレーション光及びエレクトロルミネセンス光を捕らえる。液相と気相には電場がかけられており、気相には後述の理由により液相よりも強い電場がかかっている。

液相で反応が起きると、シンチレーションと電離が発生する。液相で発生するシンチレーション光は、波長178nmの紫外線光であり、PMTで捕らえられS1信号とよばれる。電離によって生じた電子は、液体内部にかけられた電場のためにイオンと再結合することなく上部の気相に向かって運動を始める。電子は気相にかけられた強い電場により気相に飛び出し、さらに加速されエレクトロルミネセンス光を発生、この光がPMTで捕らえられる。このエレクトロルミネセンス光はS2信号とよばれる。XENON実験で用いられる二相式TPCは、単一の電子によるS2信号であっても捕獲可能な感度を持っている[1]

2相式TPCであるXENON検出器では、事象の3次元での位置検出が可能である[2]。 液体キセノン中では、電子は等速度で運動(ドリフト)するため、S1信号とS2信号の時間差を使うことで事象の位置の深さを知ることができる。平面方向での事象の位置は、上下の各PMTの光量分布から知ることができる。こうした3次元の位置検出によって、検出器中での位置による事象の選別(fiducialization)が可能となる。またXENON実験の検出器では、外部からの背景事象は液体キセノンの自己遮蔽によって低減される。したがって、3次元位置検出によって、液体キセノンの中心部で起こった事象のみを選択することで、背景事象を排除した高感度の探索が可能となる。

キセノン検出器で検出される信号には、キセノン原子の電子と反応したもの(電子反跳, electron recoil, ER)とキセノン原子の原子核と反応したもの(原子核反跳, nuclear recoil, NR)の2種類がありうる。電子反跳事象と原子核反跳事象では、反応時に生じるシンチレーション光と電離信号に使われるエネルギーの比が変わるため、S1信号とS2信号の大きさの比に違いが生じる。S2/S1の値は電子反跳事象の方が原子核反跳現象より大きくなることが知られており、ダークマターとの反応で期待される原子核反跳の選択効率を50%以上に保ったまま、電子反跳による背景事象を99%以上排除することが可能となる[3]

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XENON10

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XENON100実験の検出器を含む冷凍機と遮蔽機構の写真。遮蔽は外側から20cmの、20cmの、20cmのポリエチレン、最内部には5cmので構成される。

XENON10実験は、イタリアのグラン・サッソ国立研究所の水深相当3100mの地下実験施設で2006年3月から行われた。XENON10検出器は、達成できる閾値、背景事象の除去能力及び感度を確認するためのプロトタイプとして建設され、これによって検出器設計の有効性が示された。TPCの感度領域は直径20cm、高さ15cmであり、検出器はTPCの背景事象をより低減するために遮蔽材内に設置され、液化キセノンは15kgが投入された[4]

2006年10月から2007年2月にかけて行われた59日間のデータ解析ではWIMPの存在を示す証拠は得られず、また観測された事象数は背景の電子反跳事象から予想される事象数と統計的に一致していた。この結果によって、ミニマル・スーパーシンメトリック・スタンダードモデル英語版(Minimal Supersymmetric Standard Model, MSSM)のパラメータの一部が除外され、30 GeV/c2質量をもつWIMPと核子との散乱断面積に対して10×10−43 cm2の上限値が与えられた[5]。また天然に存在するキセノンのほぼ半分が奇数スピン状態である(129Xeは26%の割合でスピン-1/2、131Xeは21%の割合でスピン-3/2)ことから、XENON実験の検知器はWIMPと中性子陽子とのスピンに依存する反応について散乱断面積の制限を与えることができる。XENON10実験は、WIMPと中性子との間の散乱断面積に世界最高の制限を与えた[6]

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XENON100

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XENON100実験検出器の上部PMT。浜松ホトニクス社製の98本のR8520-06-A1からなる。上部PMTは事象再構成の精度向上のために同心円状に配置されている。
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XENON100実験検出器の底面部PMT。浜松ホトニクス社製の80本のR8520-06-A1からなる。

XENON実験の第2世代検出器であるXENON100検出器は、グラン・サッソ国立研究所のXENON10検出器と同じ遮蔽機構内に、2008年に設置された。検出器のTPCは直径30cm、高さ30cmで、投下された165kgの液体キセノンのうち62kgがダークマターへの有効質量として使用された。精度向上のため、XENON100検出器の建設及び調整段階において、検出器のすべての部位への高純度ゲルマニウム検出器を用いた放射能検査、及び部位によっては低質量プラスチック試料に対する質量分析が行われた。これによって、背景事象の計数率に関して、設計値である事象数10−2 kg-1day-1keV-1を達成した[7]

2008年から行われたXENON100検出器を用いた複数の測定の結果ではWIMPの存在を示す信号は観測されなかったが、2012年には65 GeV/c2の質量をもつWIMPと核子との散乱断面積に対して2.0×10−45 cm2の上限値を与えた[8]。この結果は、他の実験における暗黒物質の反応について制限を与え、非弾性散乱のダークマターのような特殊なモデルを排除した[9]。さらにXENON100実験は、スピンに依存する反応の散乱断面積に関するより厳しい制限値を与えた[10]。また2014年アクシオンに関する結果が発表され、これに関する制限値が与えられた[11]。XENON100検出器は、暗黒物質検出器として当時最も低い背景事象計数率である50 mDRU (1 mDRU=10−3 事象 kg-1day-1keV-1)を達成した[12]

XENON1T

要約
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XENON実験の第3世代検出器であるXENON1T検出器は、2014年からイタリアのグラン・サッソ国立研究所のホールBで建設が開始された。直径及び高さ1mのXENON1T検出器には、3.2トンの液体キセノンが使用されており、有効質量は約2トンとなっている。XENON1T検出器は、直径及び高さ10mの宇宙線μ粒子の反同時計測のための水タンクの中に設置されている。

XENON1T検出器によるダークマター直接探索をはじめとした研究は、欧州米国中東など世界22の機関の135人の研究者で構成されるXENON実験(XENON Collaboration)によって推進された[13]

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XENON1T実験で得られたWIMPと核子の相互作散乱断面積の上限値 (2017年11月出版)

XENON1T実験からの最初の結果は、2016年11月から2017年1月にかけて行われた測定の34日分のデータを用いて行われた解析結果として、2017年5月18日に発表された。XENON1T実験の結果ではWIMPの候補となる信号は検出されなかったが、当時最高感度でダークマターを探索していたLUX実験英語版の結果をしのぎ、35 GeV/c2の質量をもつWIMPと核子に対して7.7×10−47 cm2の散乱断面積の上限値を与えた[14][15][16]

2018年9月には278.8日分の測定結果から30 GeV/c2の質量をもつWIMPと核子のスピンに依存しない弾性相互作用に対する制限を 4.1×10−47 cm2に強めた結果を発表した[17]

2019年4月には, XENON CollaborationはXENON1T検出器の測定結果としてネイチャーに、キセノン124原子核に関して2つのニュートリノを伴う二重電子捕獲の初観測を報告した[18]。この測定結果は、ニュートリノレス二重電子捕獲現象探索の先駆けとなった。また、この現象の半減期宇宙年齢よりも数桁大きく、キセノンを用いた検出器のダークマター以外の極稀事象研究への応用範囲の広さを示した。

XENON1T検出器は2016年に観測を開始し、2018年末に次世代検出器XENONnT検出器の建設のために観測を終えた[19][20]

2020年6月、XENON Collaborationは電子反跳事象の超過を報告した。232事象が期待されるところ285事象が観測され、53事象の超過、統計的有意度は3.5σが記録された[21][22][23]。この超過に対して考えられる主要な原因は3つあり、太陽起源の理論上の仮想粒子アクシオン、 ニュートリノの異常磁気モーメント放射性同位体トリチウムの検出器への混入である。その他にも複数の仮説が研究者によって提唱された[24]2021年には、結果はダークマター粒子によるものではなく、ダークエネルギー粒子の候補の1つであるカメレオン粒子英語版によるものと解釈する仮説も議論された[25][26]。ただし、この電子反跳事象の超過は、2022年7月に後継機であるXENONnT検出器の高精度データによって否定された[27][28]

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XENONnT

XENONnT検出器は、XENON1T検出器の後継機としてグラン・サッソ国立研究所の地下施設に建設され、2020年に完成、2021年9月に測定を開始した。XENONnT検出器には約8トンの液体キセノンが使用されており、加えて背景事象を削減・反同時計測するためのいくつかの改良が施された。また、ニュートリノが背景事象として成立するレベルの感度を満たすように設計された[19][29][20][30][31]

2022年7月、XENON1T実験で確認された電子反跳の超過について、XENONnT検出器で高精度の観測を行い、これを否定する結果を発表した[27][28]

2023年7月23日、XENONnT実験でのWIMP探索の最初の結果が発表され、2.8GeVの質量をもつWIMPに対して、90%の信頼水準のもとで散乱断面積に2.58×10−47 cm2の上限値が与えられた[32][33]。同日に発表されたLZ実験による結果では、36GeVで90%信頼水準のもと9.2×10−48 cm2の上限値が与えられた[34]

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出典

参考文献

外部リンク

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