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田部井淳子
日本女性登山家(1939–2016) 来自维基百科,自由的百科全书
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田部井淳子(日语:田部井 淳子/たべい じゅんこ Tabei Junko;1939年9月22日—2016年10月20日[2][3]),出生名石桥淳子,日本登山家,出生于福岛县田村郡三春町,定居于埼玉县川越市。
1975年5月16日,田部井淳子成为世界上首位登上珠穆朗玛峰的女性。
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生平
1939年9月22日,田部井淳子出生于福岛县田村郡三春町。小学4年,田部井淳子登上栃木县那须连峰后,立志成为登山家。
1962年,田部井淳子毕业于昭和女子大学英美文学科,毕业后从事日本物理学会学会志编辑。1969年,“女子海外远征”俱乐部设立。1975年,田部井淳子担任日本女子登山队副队长兼登攀队长,成为世界上首位从南坡登上珠穆朗玛峰的女性。获得文部省体育功劳赏、日本体育赏、朝日体育赏。1988年,田部井淳子获得福岛县民荣誉赏第1号、埼玉县民荣誉赏、川越市民荣誉赏、三春町名誉町民。1992年、1988年,田部井淳子登上丹奈利峰、1991年登上文森山与厄尔布鲁士山、成为女性首度七大陆最高峰登顶者。1995年、田部井淳子获得内阁总理大臣赏。
2011年发生东日本大地震之后,为支持东北地方的复兴,持续参与福岛县避灾县民与东北地方高中生的富士山登山活动。2012年被诊断罹患癌症,接受抗癌治疗同时仍持续活动[4]。
2016年7月,田部井淳子与东北地方高中生参加富士登山,也是生涯最后一次登山[3]。2016年10月20日,田部井淳子因腹膜癌去世,享寿77岁[3]。
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登山经历
著书
- ‘エベレスト・ママさん 山登り半生记’(山と渓谷社,1978年)のち新潮文库
- (文库版改题)‘タベイさん、顶上だよ~田部井淳子の山登り半生记’(山と渓谷社,2012年)
- ‘七大陆最高峰に立って’(小学馆,1992年)
- (文库版改题)‘高いところが好き’(小学馆 2007年)
- ‘山の顶の向こうに’(佼成出版社 1995年)
- ‘エプロンはずして梦の山’(东京新闻出版局 1996年)
- ‘さわやかに山へ’(东京新闻 1997年)
- ‘山を楽しむ’(岩波新书 2002年)
- ‘はじめての山歩き 花、木、自然に会いに’(文化出版局 2002年)
- ‘山からの赠り物’(角川学芸出版 2007年)ISBN 978-4-04-621304-4
- ‘いつでも山を 田部井淳子の実践エイジング登山’(小学馆 2008年)ISBN 978-4-09-387776-3
- ‘日本人なら富士山に登ろう! 初心者のための安心・安全登山术’(アスキー・メディアワークス 2010年)ISBN 978-4048681261
- ‘田部井淳子のあんしん!たのしい!山歩きお悩み解决BOOK(マイコミムック)’(毎日コミュニケーションズ 2010年)ISBN 978-4839935948
- ‘それでもわたしは山に登る’(文艺春秋 2013年)のち文库
- ‘人生、山あり时々谷あり’潮出版社 2015
- ‘田部井淳子のそこに山があるから 大人の山歩き・登山の愉しみ’洋泉社 2016
纪念
2019年9月22日,Google首页发布新的Google Doodle,以纪念田部井淳子80岁诞辰。[5]
参考资料
书籍
外部链接
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