デッドボール時代
メジャーリーグベースボールの1900年前後から1919年まで / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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デッドボール時代(デッドボールじだい、The dead-ball era)とは、メジャーリーグベースボールの1900年前後から1919年までをさす野球用語である。「デッドボール」とは当時使われていた「飛ばないボール」のことを指す(死球を「デッドボール」と呼ぶのは和製英語)。
20世紀初頭のこの時期に、メジャーリーグベースボールにおいて、本塁打数や得点数が極端に低下していたため、「飛ばないボールの時代」と揶揄された。メジャー史上最もリーグ得点率が低かったのは1908年だが、この年は一試合あたりのチーム得点が平均で3.4しかなかった[1]。この時代の選手であるフランク・ベイカーは、アメリカン・リーグで4度の本塁打王に輝き「ホームラン」ベイカーとあだ名されたが、キャリア最高の本塁打数は1913年の12本である。
しかしその後、ルールの改正や、ベーブ・ルースを始めとする強打者が出現したことで、デッドボール時代は転換期を迎え、やがて本塁打が量産されるライブボール時代へと移行していった。
ナショナル・リーグが「ファウルをストライクとカウントする」ルール変更を行った1901年をデッドボール時代の始まり、ルースが当時のアメリカンリーグ記録となる29本の本塁打を放った1919年をデッドボール時代の終わりとするのが一般的である。