神殿の丘
イスラム教における聖地の1つ / ウィキペディア フリーな encyclopedia
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神殿の丘(しんでんのおか)は、エルサレム旧市街にある、ユダヤ教、イスラム教、キリスト教の聖地[1]。ユダヤ教においてはヘブライ語でהַר הַבַּיִת(ハー ハバイッツ・ハー ハバイト、「神殿の丘」の意; 英語: Temple Mount)、イスラム教においてはアラビア語で الحرم الشريف(アル=ハラム・アッシャリーフ、「高貴なる聖所[2]、(聖域[1])」の意; 英語: Noble Sanctuary)と呼ばれる[3][4][5][6]。
神殿の丘(הר הבית) アル=ハラム・アッシャリーフ(جبل الهيكل) | |
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神殿の丘 | |
標高 | 740 m |
所在地 | エルサレム旧市街(東エルサレム) |
位置 | 北緯31度46分39.4秒 東経35度14分7.8秒 |
山系 | Judean Mountains |
種類 | 石灰岩 |
プロジェクト 山 | |
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ただし礼拝が許されているのはムスリム(イスラム教徒)だけで、他の宗教の信者は訪問のみが認められている[7]。そのモスリムも、国際法で違法とされる併合によって東エルサレムを支配するイスラエルによって、年齢や性別、居住地、法的身分の所属によって長年入域を制限されている[8][9][10]。
擁壁に囲まれた14ヘクタールの境内には、イスラム教の聖地である岩のドーム(西暦690年)、鎖のドーム、昇天のドーム、アル=アクサー・モスク(西暦710年)が建っている[2][6][11]。
かつて境内に建てられていたが現存しない第一エルサレム神殿 (紀元前957年 - 紀元前586年)と第二エルサレム神殿(紀元前515年 - 西暦70年)を最も神聖な建物とするユダヤ教では、現在では教徒が擁壁境内では宗教活動ができないため、神殿が立っていた場に最も近づける西側外壁(Western Wall、通称「嘆きの壁」)で祈りを捧げている[2][12][5]。
1187年以降はイスラム教信託基金団体である様々なワクフが境内の維持管理を担っていたが、1948年以降はヨルダンのワクフが資金提供を含めた維持管理の運営を担っている一方で、警備はイスラエルが行っている[5][13]。