錦島
ウィキペディア フリーな encyclopedia
錦島(にしきじま)は、日本相撲協会の年寄名跡のひとつ。初代・錦嶋が四股名として名乗っていたもので、その由来は定かではない。
豊山勝男以降は時津風部屋所属の力士に受け継がれてきたが、豊山(14代時代)の停年退職後に名跡を取得した時津海正博[1]、霜鳥典雄[2]、豊ノ島大樹[3]の3人はいずれも実際に錦島を襲名することはなく(詳細は当人の項目を参照)、名跡は高砂部屋所属の朝赤龍太郎の手に渡った。朝赤龍は2017年5月に引退して17代錦島を襲名後、2020年11月に高砂を襲名していたた元大関・4代朝潮と名跡を交換。元朝潮が18代錦島を襲名したが[4]、18代錦島は不祥事の引責のため2021年6月に退職した[5]。現在は、2023年11月に死去した18代錦島の長岡末弘の遺族が名跡を所有している。