ブラウン運動(ブラウンうんどう、英: Brownian motion)とは、液体や気体中に浮遊する微粒子(例:コロイド)が、不規則(ランダム)に運動する現象である。1827年[注 1]、ロバート・ブラウンが、水の浸透圧で破裂した花粉から水中に流出し浮遊した微粒子を、顕微鏡下で観察中に発見し[2]、論文「植物の花粉に含まれている微粒子について」で発表した[3]。
この現象は長い間原因が不明のままであったが、1905年、アインシュタインにより、熱運動する媒質の分子の不規則な衝突によって引き起こされているという論文が発表された[4]。この論文により当時不確かだった原子および分子の存在が、実験的に証明出来る可能性が示された。後にこれは実験的に検証され、原子や分子が確かに実在することが確認された[5]。同じころ、グラスゴーの物理学者ウィリアム・サザーランド(英語版)が1905年にアインシュタインと同じ式に到達し[6][7]、ポーランドの物理学者マリアン・スモルコフスキー(英語版)も1906年に彼自身によるブラウン運動の理論を発表した[8]。
数学のモデルとしては、フランス人のルイ・バシュリエは、株価変動の確率モデルとして1900年パリ大学に「投機の理論」と題する博士論文を提出した[9]。今に言う、ランダムウォークのモデルで、ブラウン運動がそうである、という重要な論文であるが、当時のフランスの有力数学者たちに理解されず、出版は大幅に遅れた。
ブラウン運動という言葉はかなり広い意味で使用されることもあり、類似した現象として、電気回路における熱雑音[10][11](ランジュバン方程式)や、希薄な気体中に置かれた、微小な鏡の不規則な振動(気体分子による)などもブラウン運動の範疇として説明される。
ブラウン運動について以下の式が成り立っている。
ここで、上式左辺はブラウン運動する物体の平衡位置 x0 からのずれの2乗の平均である(系は1次元とする)。R は気体定数、T は絶対温度、f は易動度[注 2]、t は十分経過した時間(極限としては t → ∞)である。そして、NA がアボガドロ定数である。アボガドロ定数以外はブラウン運動とは関係なく求めることのできる量であり、フランスの物理化学者ジャン・ペランが1908年、ブラウン運動の観測を元に NA = 7.05×1023(資料により値が異なる)という値を得ている[12][13]。
なお、ボルツマン定数 kB = R / NAを用いて表記すると、次の式となる。
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水中で浸透圧により破裂した花粉から流出した微粒子ではなく、花粉そのものがブラウン運動すると間違われることがある。一般書などに限らず、高名な学者や学術書や教科書にも見られた。最近でもマスコミの記事や、インターネット上の検索サイトで検索すると大学のウェブ上のアインシュタインの業績説明は誤ったままの説明になっていることが多い。
ブラウン運動の数学的に厳密なモデルとして、ノーバート・ウィーナーの名を冠してウィーナー過程と呼ばれる連続型確率過程がある。ウィーナー過程は離散型であるランダムウォークの極限となる確率過程として確率論、確率解析において非常に重要な概念である。ウィーナー過程のランダムさは、ブラウン運動のモデルに相応しく至る所通常の意味では微分不可能なほどであるが、その軌跡(サンプルパス)は連続性を持ち、ある種の測度としてウィーナー過程の存在を肯定する。そしてこれが微分(殊に二次の微分)によってある種の無限小余剰項を生むという規約を設けた[注 3]特別の微分(確率微分)を考えることにより、確率積分などの概念が定式化され、確率解析と呼ばれる一分野が展開される。非常に多くの粒子の影響がブラウン運動の不規則さを生むという考え方は、やはり多数の原因によって複雑な変動を示す株取引などの経済活動などにも応用することができるため、ウィーナー過程や確率微分を応用した確率解析は、金融工学などの分野でも盛んに用いられている[2]。
簡単のため1次元ウィーナー過程について述べる。
- 定義
- 確率空間 上で定義された連続な確率過程 W(t) で次の性質を満たすものをウィーナー過程という。
- 任意の t1 < t2 < … < tn に対し、W(t1) − W(0), W(t2) − W(t1), …, W(tn) − W(tn − 1) は独立。
- 任意の t ≥ s に対し、W(t) − W(s) は正規分布 N(0, t − s) に従う。
- (注意)数学的にはこのような確率過程が存在することは決して自明ではなく、証明が必要である。
- 性質
- サンプルパスは確率 1 で微分不可能である。すなわち、ブラウン運動は非常にギザギザな曲線となるのである。
- W(t)2 − t はマルチンゲールとなる。これはブラウン運動に関する確率積分を考える際の非常に重要な性質である。
注釈
媒質の粘性に関係し、ブラウン運動する物体の速度を v とすると、fv はその速度に比例する抵抗力となる。
伊藤清による伊藤型やルスラン・ストラトノビッチ(英語版)によるストラトノヴィッチ型などの規約がよく知られる。
- Brown, Robert (1828). “A brief account of microscopical observations made in the months of June, July and August, 1827, on the particles contained in the pollen of plants; and on the general existence of active molecules in organic and inorganic bodies.” (PDF). Phil. Mag. 4: 161–173. ISSN 1478-6435. LCCN 2003-249007. OCLC 476300855. http://sciweb.nybg.org/science2/pdfs/dws/Brownian.pdf.
- Bachelier, Louis (1900). “Théorie de la spéculation” (PDF). Annales scientifiques de l'É.N.S. (SMF) 17: 21-86. ISSN 0012-9593. OCLC 191711396. https://wwwf.imperial.ac.uk/~ajacquie/IC_AMDP/IC_AMDP_Docs/Literature/Bachelier_Thesis.pdf.
- Einstein, A. (May 11, 1905). “Über die von der molekularkinetischen Theorie der Wärme geforderte Bewegung von in ruhenden Flüssigkeiten suspendierten Teilchen” (PDF). Annalen der Physik (Wiley-VCH Verlag(ドイツ語版、英語版)) 322 (8): 549–560. Bibcode: 1905AnP...322..549E. doi:10.1002/andp.19053220806. ISSN 0003-3804. LCCN 50-13519. OCLC 5854993. http://www.physik.uni-augsburg.de/annalen/history/einstein-papers/1905_17_549-560.pdf.
- Sutherland, W. (June 1905). “Dynamical theory of diffusion for non-electrolytes and the molecular mass of albumin” (PDF). Phil. Mag.. series 6 9 (54): 781-785. ISSN 1478-6435. LCCN 2003-249007. OCLC 476300855. http://www.physik.uni-augsburg.de/theo1/hanggi/History/Phil_Mag.pdf.
- von Smoluchowski, M. (July 9, 1906). “Zur kinetischen Theorie der Brownschen Molekularbewegung und der Suspensionen” (PDF). Annalen der Physik 326 (14): 756–780. Bibcode: 1906AnP...326..756V. doi:10.1002/andp.19063261405. ISSN 0003-3804. LCCN 50-13519. OCLC 5854993. http://www.physik.uni-augsburg.de/theo1/hanggi/History/Smoluchowski_AnnPhys_21.pdf.
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